甘い蜜
「バナージ議員とローラ議員のお二人はこちらの部屋でお待ちください。またあとでお話を聞くためにお呼びすることになるかもしれません。ゆめゆめ出歩かないようにお願いいたします」
議会が閉会し、私とバナージ殿はほかの部屋へと移されました。
部屋自体はお客様をもてなすような立派な調度品なども置かれた居心地のいい空間です。
が、その狙いははっきりしていました。
今回の議会での内容が外に漏れないように、私たちをしばらくとどめておくためなのでしょう。
案内された部屋に入ると、私とバナージ殿はそれぞれ席につき、目の前にお茶を出されます。
しかし、それを飲む気分にはなれません。
少しして、案内人が部屋を出て入り口の扉の外で待機したのを確認してから、私はバナージ殿へと話しかけます。
「あれ、というのは刺客のことなのでしょうか? 議会ではアルフォンスくんにあれを使うと言っていましたけれど」
「そのとおりでござるな。議員であるローラ殿もいずれは知るところとなるであろうが、オリエント国にもそういう手の者がいるのでござるよ。影の者と呼んだりもするでござるな」
「そうなのですね。その影の者をアルフォンスくんに差し向ける。命を狙って、ということですよね?」
「うむ。議会に参加していた者たちもバルカ傭兵団自体と大きくことを構えたくはないということでござる。オリエント軍とバルカ傭兵団が争い合って戦力を消耗し合ったり、そこへ付け込む形で他国から攻められるのは良しとしないという判断でござろう。だからこそ、影の者を差し向けて始末をつける。そういう考えに違いないでござる」
「……強いのですか? その、影の者というのは」
「そうでござるな。実は拙者もその者たちの強さというのは正確には知らないのでござるよ。ただ、任務は間違いなく達成すると言われているでござる。この武力の少ないオリエント国がさまざまな国の間で存続できたのは、技術力や外交力だけではなく、影の存在も大きな理由の一つであるのは間違いないでござるよ」
必ず任務を遂行する刺客。
影の者。
そんな人がアルフォンスくんを狙っている。
しかも、長い歴史の裏側で活躍してきた存在だというのなら、もしかしたら貴族のように魔力を高めているのかもしれません。
弱いわけがないでしょう。
「議会は直接的に軍を送り込んだりはしないというのは間違いないのでしょうか?」
「オリエント軍でござるか。まあ、それはおそらくないでござろう。むしろ、議会にとってはバルカ傭兵団は自分たちの手に入れたい存在でござるからな」
「自分たちの?」
「そうでござる。今回、影の者を送る理由はそれもあるはずでござるよ。アルフォンス殿がいなくなれば、バルカ傭兵団をまとめる者もいなくなる。そして、それと同時に新バルカ街の所有者も空白になるのでござる。それらを手中にすることは大きな利益になると考えているのでござるよ」
「利益ですか? 議会では国を守るためだと言っていたと思いますが……」
「そんなもの方便でござろう。我々はオリエント国でござるよ。今回の件くらい、外交で戦を回避することはけっしてできないことではないのでござる。国に所属していない傭兵団が火事場泥棒をすることなどそう珍しいことでもないでござるからな」
どうやら、バルカ傭兵団の行動を問題視するという議会の発言はバナージ殿から言わせると都合のいい言い分だそうです。
国軍に所属していないただの傭兵団がよその国でなにをしようとも知らぬ存ぜぬで押し通すことも可能だからだと言います。
そういえば、最近はその手の存在が増えてきているとも聞いていました。
各地で魔法を使える者が増えたのが原因です。
それまでは、小国家群では都市国家などが付近の街や村などを治めていました。
けれど、魔法を使える者たちが出現し、そして、その手の者らが徒党を組み【命名】などを使い、村や町、あるいはそれなりの規模もある街を乗っ取ってしまう事例が増えてきているのです。
それに対して、もともとその地を支配していた国は軍を派遣し、しかし、奪い返すことができないということも見られるようです。
そんな新興勢力がその奪い取った土地の国以外に進出し、ほかの街を攻撃する。
近年はこうして、国の軍以外が武力を持って各地で争いを起こすことがままあるそうです。
その結果、それまでは不完全ながらも機能していた国同士での決まり事である国際法が無視されることも増えてきたのです。
国と国での決まりであって、新興勢力である傭兵団やら盗賊団みたいな組織からすれば守る気は一切ないということでしょう。
ですので、今回のバルカ傭兵団の行動も、オリエント国は一切関知していないとして突っぱねれば、国際法で決められている戦時法には抵触しないと主張することが可能である、というのがバナージ殿の言い分でした。
それを言い出したら、今後はさらに国際法が機能しなくなるように思うのですが、大丈夫なのでしょうか?
とにかく、バルカ傭兵団のグルーガリア材木所急襲は実はそこまで大ごとではないのです。
にもかかわらず、それを問題視したのはバルカという甘い蜜を吸いたいからなのでしょう。
新バルカ街という街や、魔道具を作ることができる技術力、変わった薬剤、それにバルカ教会などもそうでしょうか。
議会で発言していた議員たちはバルカ傭兵団が勝利したパージ街を裏から切り分けたように、新バルカ街もほしいのが本音なのではないでしょうか。
そして、それを確実なものにするために、邪魔な私たちの行動を縛る。
きっと私やバナージ殿が解放されるのはそれらが全て終わってからになることでしょう。
「とりあえず、アルフォンスくんにはこのことを伝えておきましょう。影の者と呼ばれる刺客が向こうに向かっていると知っているだけでも助かるはずです」
「しかし、伝えることは難しいのではござらんか。拙者らは当分この部屋から自由に動けないでござるよ。その間に議員どもは影の者を送っているはずでござる」
「大丈夫です。アイさん、お願いできますか? アルフォンスくんに連絡を取ってください」
「かしこまりました。アルフォンス様に先ほどお二方のお話されていた内容を伝達いたします」
連絡を取ることができないというバナージ殿。
普通ならばそうでしょう。
議会もそのために私たちを拘束しているのですから。
けれど、私とアルフォンスくんの間では違いました。
私の座る席の後ろで立っているアイさん。
彼女であればそれができるのです。
議員になった私にアルフォンスくんがつけてくれた秘書兼護衛のアイさんですが、この人ならば即座に新バルカ街などに連絡を取れるのです。
そのことを知る人は議会にもいないでしょう。
もし、知っているのであればこの部屋に私たちを軟禁して放置しているはずがないからです。
ひとまずこれで情報を伝えることはできたはず。
ですが、そこから先のことは私にはどうしようもできません。
送り込まれる刺客からアルフォンスくんが逃れられるかどうか。
自由奔放すぎるところはありますが、あの小さな男の子には多くの娼婦たちが感謝しているのです。
もちろん私もです。
自分がまさかこうして議員になれるとは思ってもいませんでした。
これまでの恩を少しでも返すために。
そうではなくとも、まだ幼い少年が命を落とすところを観たくないというのもあります。
生き延びてほしい。
それだけを祈りながら、アイさんのことを詳しく聞いてくるバナージ殿の質問を適当にいなし続けるのでした。
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