黒死蝶と切り落とし
「出ろ、黒死蝶」
材木所に突入したバルカ傭兵団が武器を持って襲い掛かる。
それを見て、慌てて抵抗するグルーガリアの者たち。
それをヴァルキリー型の鮮血兵ノルンに乗った俺は見ながら、次の一手を放った。
今はこちらが大優勢だ。
相手は嵐の後にこれほどはやく攻めてこられるとは思っていなかったのだろう。
全く迎撃の準備ができていない。
が、相手はあの流星を生んだ弓兵国家の連中だ。
鎧を着ていなくとも、弓を持つだけでその実力をいかんなく発揮することができるようになる。
今は攻め込まれて逃げまどっているからいいが、ひとたび弓を手にして攻撃に回れば二百人ほどしかいないバルカ傭兵団がどうなるか分からない。
なので、新しく手に入れた魔術を発動した。
黒死蝶だ。
あのパージ街で出会ったグイードという爺さんが使った不思議な魔術。
どこからかは分からないが、おそらくは精霊である黒死蝶を呼び出すことができる魔術を使う。
俺の手のひらからひらりひらりと漆黒の蝶が舞う。
実体のある生物とはまた違う、魔力だけでできているような儚い蝶だ。
剣を当てれば一切の抵抗なく切ることができるだろう。
が、ひとたびその黒い蝶が体にまとわりつくと大変なことになる。
わずかな血がとめどなく出続けてしまうことになるからだ。
そんな黒死蝶を次から次へと出し続け、そいつらに命じる。
同士討ちにならないようにバルカ傭兵団の面々の体は避けて相手の弓兵だけを狙えと念じて伝える。
大丈夫だよな?
一応、バルカ傭兵団は赤が入った制服を着ているので見ただけでわかるはずだが、こいつらは色の識別なんかできるんだろうか。
何度か練習で試したことはあるものの、実戦での乱戦模様でどこまでしっかりと相手との識別が機能するかは分からない。
まあ、あんまり間違えてバルカ傭兵団にまとわりつくようなら、魔術を解除すればいいかと考える。
「うーん、面白い能力だと思ったけど、ちょっと微妙なのかな?」
戦場となった材木所での戦いを見ながら、そう思ってしまった。
入り乱れる傭兵と、上半身が裸のままでなんとか弓を手に取り反撃しようとする弓兵たち。
俺はと言えば弓を手にして遠距離からの援護をしながら俯瞰的に戦場を観察する。
そうして感じた黒死蝶は、それほど高い効果をあげているとは言えなかった。
グイードと戦ったときには厄介に感じた出血効果だが、いざ自分が使ってみるともどかしいのだ。
一撃で戦況を覆す効果のある強力な魔法ではないからだろうか。
【流星】などであれば体力の消費という大きな欠点がありつつも、その絶大な攻撃力が魅力だ。
が、じわじわと血を流れさす黒死蝶はそんな攻撃力が存在しない。
しかも、目の前でちらちらと飛んでいる黒い蝶は、なんというかこちらにとっても気が散るような感じがした。
慣れれば気にならないものなのだろうか。
しかし、建物の陰などから弓をかまえてこちらを狙ってこようとしている弓兵の動きがちょっと視認しづらいかもしれない。
小規模な戦いではなく、もっと大人数での戦いで使ったほうが効果があるのかな。
持久戦での削り合いのほうが真価を発揮するかもしれないなと思いながら、黒死蝶の使い方を考える。
ヒュッ。
そんなふうに戦場で考え事をしていた俺を狙って矢が飛んできた。
弓兵による一撃だ。
急に攻撃してきた相手組織の中に一人だけ真っ赤な四足動物に騎乗している俺という存在は先ほどから結構狙われてしまっている。
さすがに、グルーガリアにとって重要な材木所にいる連中だけある。
誰を狙えば勝利に近づけるかをすぐに理解して、集中的に狙ってきているのだろう。
だが、その矢の攻撃は俺には届かない。
材木所の中を駆けまわって攻撃をしているウォルター分隊とは別に、俺のそばにはキク分隊がいた。
この分隊はあまり散らばらずに俺の周りにいてくれている。
そして、その分隊の一人が飛んできた矢を切り落としたのだ。
いいね。
グルーガリア兵は幼いころから弓の訓練を続けてきたような連中だ。
そいつらが放つ矢は強力であり、正確だ。
そんな弓の一射を剣で切り落とすという芸当は普通ならばできないだろう。
だが、それを可能にしたのが剣聖の技術だ。
アイが俺に教えて、そして俺がみんなの手本にもなった剣の技法。
ルービッチ家ならば【剣術】という呪文一つ唱えれば可能となる剣聖の剣の技の中には、弓への対応法もあったのだ。
大昔のドーレン王国でなみいる魔法使いと肩を並べて貴族としての地位を築いた剣聖だけある。
剣一本でも遠距離攻撃に対応できなければならなかったのか、【切り落とし】という技があったのだ。
【剣術】が使えれば誰でも簡単に飛んでくる矢を切り落としてしまうことができる守備的な構えの技。
それを俺たちは自力で習得した。
剣の型を【見稽古】で真似るなかでも、この【切り落とし】などは難しい技法の一つだろう。
が、これまでの訓練でキク分隊の誰もが飛翔する矢から身を守る術を持っていた。
そのおかげで、今のところ俺や周りの傭兵たちは弓での反撃を防ぐことができている。
そして、その周りでは材木所の中を駆け回って弓を持つ相手の兵を攻撃していくウォルター分隊。
うん、最初はちょっと微妙かと思った黒死蝶もなんだかんだでうまく働いてくれているようだ。
ウォルターたちが斬った弓兵に黒死蝶が群がり、その傷口からさらに血を流させることで相手を確実に無力化してくれている。
その後も、弓兵からの攻撃を防ぎながら一人、またひとりと倒していく。
そうしていつしか、材木所で矢を放つ者はいなくなっていったのだった。
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