無防備
「流星」
全身に魔力をみなぎらせ、そして、手にする柔魔木の弓にも魔力を送る。
そして、魔力を取り込むとしなやかさが増すという特性を最大限に利用した一射が放たれた。
これまた魔力を纏った金属の矢がグルー川の中州上空を飛翔する。
そして、その一撃が材木所の出入り口となる門に命中した。
ガガン。
そんな音が聞こえてくる。
もしかして、【アトモスの壁】の間に作られた出入り口用の門は柔魔木で作られていたのかもしれない。
魔力を通すと柔軟性を増すが、魔力を流さなければものすごく硬くなる木だ。
それをそのまま使えば、鋼鉄の門と同じくらいの強度を誇るのだろう。
が、そんな材木所の門が大きな音をたてて倒れた。
さすがに流星の威力は段違いだ。
と思ったが、多分それだけが原因ではないと思う。
大嵐によって増した水がすでにあの門を半壊状態にしていたのではないだろうか。
金属のように硬い門だとしても、それを開閉できるようにするためにどうしても強度が落ちる部分もあるだろうしな。
事実、あの門がここに来た時から傾いていたからこそ攻撃目標にしたのだから。
流星の一撃を放った俺は、その矢の軌跡を追いかけるようにして突撃していくバルカ傭兵団を見ていた。
本当ならば先頭を走って突っ込んでいきたいところだけれど、それができない。
この弓の一撃は強力だけど体力の消費が激しすぎるところが難点だな。
たった一度、弓を射ただけで全力で走れなくなってしまっている。
が、さすがにここで一人止まるわけにはいかない。
なので、騎乗する。
いつもならワルキューレに乗るところだけれど、船でここまで来たことでワルキューレやヴァルキリーはいなかった。
そのかわりとして鮮血兵ノルンを呼び出す。
魔法鞄から取り出した赤黒い魔石。
ブリリア魔導国の魔導迷宮で手に入れたこの魔石に俺の血と魔力を注ぐ。
そして、この魔石を核としてノルンを鮮血兵として呼び出した。
が、今ここで鎧姿のノルンになってもらってもあまり意味はないだろう。
なので、今回は疲れた俺を運んでくれるようにヴァルキリーの姿になってもらう。
俺の体から出た血を材料に、ノルンがヴァルキリーと同じような姿に実体化する。
そして、その背に乗り、突撃していくバルカ傭兵団のあとを追いかける。
前にこの中州に来た時も、ヴァルキリー型になったノルンの背に乗ったが、そのときよりも多少乗り心地が良くなっている気がした。
きっとノルンも成長しているんだろう。
「切り込め。目につく奴らは片っ端から斬れ。弓で狙っている奴らには気をつけろよ」
崩れた門から材木所へと入り込んだウォルターが傭兵たちに指示を出す。
グルーガリア側の対応はいまだに遅い。
その理由が俺も門を越えてよくわかった。
どうやら、あの嵐は本当にこの材木所に大きな被害をもたらしていたようだ。
【アトモスの壁】で囲まれた材木所の外には、いくつもの建物が流されてしまった形跡があった。
当然、そこにいた連中は大きな被害を出したに違いない。
さらに、【アトモスの壁】で守られた材木所の中は外とは違い無事だったのかと言えばそうではなかったようだ。
あちこちが水浸しになり、そして、伐採して置いてあったであろう木材が散らばっている。
そういえば、新バルカ街でも地面に生えていた木が折れたりしていたなと思い出した。
あの嵐は雨だけではなく、恐ろしい強さの風も吹いていたのだ。
その風が保管してあった丸太などをめちゃくちゃにしていた。
きっと、たくさんの木材が高くまで積まれていたのだろう。
それらが崩れ、地面に雪崩をうつようにして散らばってしまったのではないだろうか。
どのくらいの高さに積んでいたのか知らないが、材木所の中にあった建物も屋根が跳んでいたり、散らばった材木によって押しつぶされているところもある。
そこまででなくとも、壁に木材が突き刺さしているものも見えた。
あの嵐の日にこの中州で生き延びた人は俺たちが思っていた以上に少ないのではないだろうか。
この場にいたグルーガリアの人間は全員が泥にまみれながらの復旧活動をしていたのだ。
誰もが動きやすい恰好をして、全身から汗を流しながら木材をかたづけていた。
当然、そこに鎧を着こんでいる者は少なく、弓を持っている者もいない。
こんなもんか。
あの嵐は俺からすると想定通りだった。
アイの予報があったから事前に嵐が来ることもわかっていたので、その後すぐに動く準備ができていた。
だが、そんな予報が一切なかったグルーガリアの人間からすると、急にありえないほどの嵐が吹き荒れて、この材木所のある中州を未曽有の水害が襲ったのだ。
そして、それは中州だけの問題ではなかったのかもしれない。
グルーガリア国の本拠地はこの中州でなく、グルー川を渡った先にある。
そのグルーガリアの本拠地の街も被害が出ていると聞いているので、そちらからの応援すらまだまともに来ていないのではないだろうか。
つまり、なんとかあの嵐を生き延びた連中が必死になってもとの状態に戻そうとしているところに、襲い掛かられてきたというわけだ。
迎撃準備なんてものがそもそもなかったのだろう。
そして、それはこちらからするとまたとない機会だった。
なにせ、幼いころから弓の上達を至上命題にしたかのような連中が、肝心の弓を持たずにいるのだから。
無防備なところを急襲したバルカ傭兵団の剣が、弓を持たない弓兵に向けられる。
これ以上ない絶好の機会を逃すことなく材木所に突入したバルカ傭兵団は攻撃を開始したのだった。
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