危険な地形
「やっぱ、だいぶ川が増水したみたいだな。いろんなものが水で押し流されている」
グルー川にある中州に上陸し、材木所をめがけて移動する。
その途中で見たものについて、おもわずそう言ってしまった。
中州には【アトモスの壁】に囲まれた材木所があるが、その材木所の外にもいくつもの建物があった。
いや、建物だったものというべきだろうか。
それらの建物はほとんどが破壊されている。
もちろん、俺たちが原因ではないし、人間がやったわけでもないだろう。
すでにこの材木所周辺が損害を受けているのは、嵐による水のためだった。
通り過ぎる建物跡に目を向けると、すべてが押し流されたようになっていた。
川の水が増え、そして当然ながらその水は川上から川下へと流れ続けている。
その間にあるものはその水でなぎ倒されながら、川の水は流れていくのだ。
川にある中州も当然その影響をもろに受ける。
そう考えると、こんな地形に材木所を建てているのは狂気の沙汰ではないだろうか。
今回ほどの大嵐は珍しいとしても、毎年それなりに川が増水することはあるだろうにと思ってしまう。
ただ、だからこそ合点がいった。
以前、初めてここに来た時、俺たちはみんな驚いた。
それは、材木所が【アトモスの壁】で囲われていたことについてだ。
グルーガリア国よりも早く魔法が使える者が出現したオリエント国。
そのオリエントの都市でさえ、【アトモスの壁】で周囲を囲ったりはしていなかったのだ。
それは魔法を使ったときの魔力消費量のことが関係していたのかもしれない。
【壁建築】よりも【アトモスの壁】のほうが魔力を消費する量が多い。
これは、つまり、魔力量が少ない者は【アトモスの壁】を使うことすらできないということでもあった。
ようするに、【命名】によって魔法が広まっても、一定程度の魔力量が無ければ【アトモスの壁】を使えないのだ。
そして、そこらの一般人程度であれば基本的には魔力が足りない。
基本的には西でいう騎士や従士に相当するくらいの実力がないと高い壁は建てられなかったのだ。
そんな使い手が少なく、一度に消費する魔力量も多いとなれば、都市を囲うのは【壁建築】でもいいかとなる。
防衛力の強化として見ると、【壁建築】であっても十分に有用だからだ。
しかし、いち早く【アトモスの壁】を使って守りを固めた材木所。
それは今にして思うと、人間相手よりも水から守りたかったのかもしれない。
少しでも壁を高くして、中州という危険な場所にある材木所を守りたい。
そう考えたからこそ、【アトモスの壁】を使ったのかもしれない。
だが、残念ながらその守りは完璧には機能しなかったようだ。
いくら高さのある壁で囲ったところで、保管している木材を出し入れする必要があるからな。
どうやら、入り口部分などが水の被害を受けてしまっていたようだ。
【アトモスの壁】は高さ五十メートルもあり、金属のように硬い壁だ。
しかし、この壁にも欠点はある。
それは建築物の一部として使うには若干使いにくいという点だ。
地面に手をついて呪文を唱えれば、あとは魔力さえあれば恐ろしく高い壁を出すことができる。
しかし、その壁は高すぎて防衛には逆に不向きな面もあった。
壁の上から攻撃して迎撃しようとしても、防衛側の人間も壁の上に登ることが困難だったからだ。
そして、出入り口などが作りにくいという点も問題だった。
硬化レンガでできた壁をくりぬいて、入り口を設置するのはどう考えても手間だろう。
なので、【アトモスの壁】を少し間隔を開けて左右に作り出した後、その壁同士の間に門を設置するのがやりやすいかと思う。
このグルーガリアの材木所でも同じように考えて、出入り口となる門を作っていたようだ。
その門が増水した水の勢いにやられたのだろう。
いかに水の破壊力がすごかったのかがわかる。
というか、逆に考えると完膚なきまでに門が破壊されているにもかかわらず、【アトモスの壁】がそのまま残っているというのがすごいな。
たしか、壁が倒れにくいように地中深くにまで杭を打つように下に延びているらしいので、そのおかげなのだろうか。
「ここまで迎撃がないですね。材木所の連中は施設の修繕中でしょうか?」
「さあな。とにかく、急げ。さっさと中に突入するぞ」
走りながら、周囲を観察していた俺にウォルターが声をかけてきた。
グルーガリア側からなにも対応してこないのが不思議だ、と。
たしかに、中州に上陸し、材木所まで向かって走るバルカ傭兵団の存在は、いつもなら的になっていたに違いない。
強力な弓兵が多いグルーガリアの人間ならば、遠距離から迎撃してきていたはずだ。
それがひとつもない。
まあ、それはしかたないだろう。
そもそも、ここまで通り過ぎてきた建物がそういう防衛用途のものだったのではないかと思うのだ。
材木所を囲う【アトモスの壁】は上に登れないのと同時に、側面に窓もないのだ。
そこから身を乗り出して弓で攻撃などということもできない。
そのために、これまでならば材木所にたどり着くまでにあるいくつもの建物に兵を配置し、警戒していたのだと思う。
いわゆる、物見やぐらといった警戒用の建物や兵士のための建物があったのかもしれない。
中州に上陸した不届きものに対しては、その建物などから弓兵が応じることになっていたのだ。
が、それらの建物はすべて流されている。
きっと、そのときに兵も流されたりもしたのだろう。
そして、肝心の材木所にも被害が出ている。
そのために、警戒が必要な外部より材木所の内部に人を集中せざるを得なかった。
その証拠ではないが、ようやく俺たちの存在に気が付いたのか、修繕中の出入り口周りに人の姿が見え始めた。
慌てて中に入り報告に行こうとする者もいれば、迎えうとうと弓を構える者もいる。
だが、対応が遅い。
ここまで来れば、俺の射程に入っている。
バルカ傭兵団では唯一柔魔木の弓を持つ俺が、体と弓に魔力をみなぎらせて弦を引く。
そして、放つのは流星と呼ばれる強力な一射だ。
その流星をきっかけとして、バルカ傭兵団と材木所の戦いが始まったのだった。
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