荒れた川下り
「はっや。めちゃくちゃ速いな。この分だとすぐに着くぞ」
「いや、これはちょっと怖すぎでしょう。船から落ちないでくださいよ、アルフォンス団長」
オリエント国の近くにある大河。
その名もグルー川と呼ばれる大きな川を船に乗って下っていく。
この川を下った先に、グルーガリアの材木所がある。
俺たちバルカ傭兵団は川そばの村などで船を手に入れてからすぐに出発して、材木所を目指して水の上を進んでいた。
九頭竜平野と呼ばれるこの土地はいくつもの大きな川が存在しており、そして、それらの川は毎年のようにどこかが氾濫しているという。
大きくのたうつように暴れるその川の水が、まるで竜を思わせるということで九頭竜平野と名付けられたそうだ。
そんな大河の一つであるグルー川だが、この川は比較的氾濫しにくい川だとオリバなどから聞いたことがあった。
が、そんなグルー川をもってしても、今回の大嵐は影響があったようだ。
あちこちで氾濫した形跡があり、被害が出ている。
そして、嵐が終わってからしばらく時間が経過しているにもかかわらず、まだまだ川に影響は残っており、水の流れも速かった。
以前、グルーガリアに攻め込むときにもこの川の上で船に乗っていたが、そのときよりもはるかに揺れる。
ウォルターなどは船の揺れを怖がってしがみついていた。
「なんだよ、情けないな。っていうか、そういえば、前にグルーガリアを攻めた時ってウォルターはまだバルカ傭兵団にはいなかったんだよな?」
「そうですね。俺はその戦いには参加していませんよ。けど、話には聞いていました。アルフォンス団長がすごい活躍したってよく耳にしていましたから」
「なんか懐かしいな。あの時はオリエント国の軍がいたけど、今回は俺たちだけだ。数も少ないし気を引き締めていかないとな」
「そのことなんですけど、いいんですか? グルーガリアに攻めるのって大丈夫なんですよね?」
「ん? 大丈夫ってなにが?」
「また、議会に文句言われるんじゃないかってことですよ」
「ああ、それなら心配いらないよ。言い訳はちゃんと考えてある」
「そっすか。なら大丈夫ですね」
「ああ、大丈夫だよ」
船の上で揺られながらウォルターと話をする。
どうやら、ウォルターはここまで揺れる中で船に乗った経験がないからか酔いそうみたいだ。
話をしているほうが気がまぎれるのか、景色を見ながら俺と適当なやり取りを繰り返していた。
そんな中で出てきたオリエント国の言い訳。
今回も前と似たような感じで適当な理由をでっち上げておいた。
先物取引で米のやり取りをしていた男が逃げた、というものだ。
契約を守らせるためにしっかりと対応すべく追いかけていたが、どうやらそいつが向かった先がグルーガリア国だった、という話を作ってある。
荒れ狂うグルー川を下っていった先にある中州に逃げたその男を追いかけて向かったら、戦闘になったといえば大丈夫だろう。
お金が理由で戦いに発展することはよくある話だ。
「お、見えてきたよ、ウォルター。あれが材木所のある中州だな。そろそろ【慈愛の炎】に魔力を注いで体調を整えておけ」
「うっす。了解です」
前回よりもはるかに短い時間で川を下り、そして見えてきた中州。
出発前にはバルカ教会にて【慈愛の炎】を使ってもらっていたので、その効果を利用して船によっている傭兵たちの体調を回復しておくように伝える。
あれは自然治癒力を高めてくれるからな。
船酔いしていても、すぐに臨戦態勢に移行できる。
「えっと、たしか、前は材木所から離れた地点に船をつけて柔魔木を切ったんでしたっけ? 今回もそうするんですか?」
「まさか。あのときはバルカ傭兵団以外にも兵がいたからそうしたけど、今回は数が少ないんだ。あんなくそ硬い木を悠長に切っていられないよ」
「え? それじゃあどうするんですか?」
「決まっているだろ。目の前に材木所が見えているじゃないか。あそこを襲うんだよ。あそこなら、すでに伐採し終えた柔魔木が保管されているはずだ。それを貰って帰ろう」
船酔いがよくなりつつあるウォルターだが、なにやらのんきなことを言い出したので訂正する。
というか、最初から言っていたように今回の攻撃目標は材木所だ。
前みたいに中州に上陸して柔魔木を切るという方法もなくはないが、そんなことをする気はなかった。
あの時、材木所ではなく木を直接きりに行ったのには理由があった。
それは材木所の守りがしっかりしていたからだ。
大きな川幅を持つグルー川の中州はそれなりに広い面積を持つ。
そんな中州の中でも遠くからすぐに材木所の場所は視認できる。
それは、高い壁があったからだ。
【アトモスの壁】だ。
グルーガリア国でも魔法を使える者はいて、そしてそいつらが材木所を守るために呪文を唱えて守りを固めていた。
よほどこの材木所が重要なのだろう。
魔力消費量が少なくて比較的使いやすい【壁建築】ではなく、【アトモスの壁】で材木所を覆っている。
高さ五十メートルもあり、金属のように硬い硬化レンガの壁だ。
あれを見て、材木所の攻略は難しいと判断したからこそ、当時は方針転換したのだ。
だが、今回は状況が違う。
あの【アトモスの壁】は確かに強固な守りだろう。
しかし、大嵐があり、川の水が一時的に増えたのだ。
その影響がないはずがない。
「見つけた。あそこから攻撃を始めるぞ」
水というのは恐ろしい。
ほんの少し水位が上がっただけでも、その水がものを押し流す力は跳ね上がるからだ。
なので、きっとどこかに攻めやすそうな場所があるはずだと思っていた。
どうやら、その考えは間違いではなかったようだ。
街を壁で囲うことはできても、完全に覆いきることはできない。
なぜなら、そんなことをすれば人が入れなくなるからだ。
あるいは、この材木所ならば伐採した柔魔木を入れる入り口が必要だ。
そして、そういう入り口は建物の構造的にどうしても弱点となってしまう。
遠目から目に魔力を集めて観察したところ、入り口などが崩れてしまっているところがあった。
あそこから攻めようか。
攻撃目標を定めた俺たちは、すぐに船を中州につけて、その崩れた地点をめがけて進撃していったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





