米の回収
「お、お待ちください。それは我が家のものですぞ。それを持っていくなどあってはならないことです」
「何を言っているんだ? ここに証文があるだろう。きちんとここに書いてあるとおり、先物取引を行った者が米を引き渡せなかった場合、保証人が代わりに支払うとある。こちらは契約のとおりにしているだけだ」
「ですが……、ですがこのような嵐がこの村を襲うなど誰にも予想できなかったではありませんか。こんなのはあんまりだ。横暴だ」
「違うな。ほら、それもここに書いてあるぞ。災害の際も契約は速やかに履行される、と。大嵐は確かに大変だった。が、それが理由で契約がなされないなどということはない。おい、お前ら、持っていけ」
村にある庄屋の蔵から米を持ち出していく。
だが、ここに保管されている米だけではすでに暴騰した米の料金分が賄えないため、ほかのものでも埋め合わせだといって金品も持ち出していった。
それを見て、慌てて俺に向かって抗議してくる庄屋に証文を突きつけて黙らせる。
なかには力づくで抵抗しようとしてきた奴もいるが、さすがにそれは悪手だろう。
向こうも金を持っているから荒事を経験しているだろうが、こっちは傭兵団だからな。
武器を向けられれば、剣聖の技術を身に着けている傭兵たちが相手となるのだ。
ただのその辺の村にいる力自慢の用心棒程度では相手にならない。
大嵐があってから少し時間が経過していた。
災害のあった地域での救助活動を終え、そして、本来ならば収穫の時期が終わるというころになって米の回収に動き出す。
欲をかきすぎて、いろんな農民の保証人となっていた庄屋などは有り金すべてを巻き上げられる勢いで回収されていくこととなった。
だが、意外なことに保証人をつけなかった農民からの米の回収率はそれほど悪くはなっていなかった。
嵐の直後はその規模の大きさから今年の米の収穫は絶望的なのではないかと思ったものだ。
木々が倒れるほどの強風だったのだ。
田んぼに実った稲が倒れないわけがない。
米をまともに収穫できないか、あるいは恐ろしく質の悪い米ばかりになるかと思われた。
だが、俺が思っている以上に農民たちは賢かったようだ。
というのも、どうやら稲を早めに刈り取っている者たちがそれなりにいたのだ。
これには驚いた。
普通ならばもう少し遅くに刈り取るはずで、そうだったのならばあの嵐の前に収穫するというのは考えづらい。
だが、実際には実ってきた稲の一部を早めに刈る行為が多くの村で見られた。
それは、農民ならではの心理が関係したようだ。
一つ目は単純に、嵐が来る、という話を耳にしたためだという。
それも平年には見られないような大きな嵐がくるかもしれないという内容だった。
当然、それはアイの予想から出発したものだろう。
というのも、別に俺はその気象予報を口外しないようにさせたりはしなかったからだ。
クリスティナやガリウスなども知っていたし、ほかの傭兵たちもそれを耳にしていたはずだ。
そして、傭兵たちは各村に派遣されることもあるのでそこから聞いたのかもしれない。
あるいは、村の教会を建てるために出した者からもそういう話があったのだろう。
普通ならば、未来の予報は誰にもわからない。
しかも、明日明後日の天気ではなく季節をまたいでの天気の予想などは当たるか当たらないかは賭けに近いものだろう。
ごく一部の特殊な奴が不思議と天候を当てられる、なんて話があったとしてもそれを全面的に信用はしないと思う。
が、今回はお金が大きく動いていた。
本来ならば噂話に過ぎない嵐の予報。
しかし、その予報をもとにして、俺が実際に大きく損が出るかもしれない先物取引を強力に推し進めていた。
なにかあるのかもしれない。
そう思ったとしても不思議ではないのだろう。
それに、バルカ教会のこともあった。
近年になって東方で不思議な現象が起こるようになったとは、村に住む者たちでも聞く話だ。
魔法の存在。
呪文と呼ばれる言葉を呟くだけで、不可思議な現象が引き起こされる。
そして、そんな呪文が自分たちの村の中でも少しずつ広まり、その有用性は知られるようになっていた。
そんな魔法が実はバルカ教会発祥だという。
が、さすがにそれをすぐに信じるわけでもなかった。
実はすでに何人もの人間が、この魔法は自分のおかげで生まれたのだという主張をしていたからだ。
どれも信憑性がない胡散臭い連中の言うたわごとに過ぎない。
しかし、バルカ教会だけは少し事情が違っていた。
それは、ほかの魔法では起こりえない裁判が行われていたからだ。
バルカ教会に信者として入ると儀式を行う。
その儀式を行った者は、裁判で嘘の証言をするとひどく苦しい思いをすることになるのだ。
魔法は【命名】を使えばほかの人にも使用可能になるが、この裁判のような現象はバルカ教会だけのものである。
不思議な術を使う宗教組織であれば、それまでごく普通の人々に魔法を与えられる何かを持っているのかもしれない。
もしかして、本当にこれらの魔法はバルカ教会が発祥なのかもしれない、と思うようになったようだ。
それらに加えて、農民としての判断もある。
それは、これまでにはない農法と品種を使っていたという点が関係していた。
今までとは違い、【整地】や【土壌改良】で土地をいじるという行為は農民という農業の専門家としての立場から疑問を持つ者も多かったのだろう。
本当にこれらの魔法は農作物にいい影響を与えるのか。
もしかして、一時的に収穫量を増やすことができても、いずれは悪い状況に陥るのではないだろうかと考えるのは当然だった。
それが農地だけではなく、新しいバルカ米という品種を育てるということであればさらにどうなるかわかったものではない。
だが、それらの不安を持ちつつも実際には豊作になった。
例年と同じ面積から例年にはないほどの稲穂が実っているのを自分たちの目にするところとなったのだ。
が、それでもまだ不安があったのだろう。
この全く新しい品種の米は、いつ収穫するのがもっともいいのか分からないという点についてだ。
一応、バナージが議会を通してバルカ米の効率的な栽培方法を各村などに伝えてはいる。
が、それらの情報が真に正しいかどうかは誰にもわからない。
土地への影響まで考えると、農業の専門家としてはそうそうに判断を下すことはできなかった。
そこへきて、嵐が来るという情報もある。
だったら、一部の米を早めに刈り取ってもいいのではないか。
そう考える者がいたようだ。
どうせ、今までにはないほどに豊作で、すでに多くの実りを得ている。
それらすべてを指示された収穫時期にあわせて刈り取るのもいいが、期間をずらして何段階かに分けて収穫し、味の違いを見ておくのも今後の農業のためには悪くないかもしれない。
そんなふうに考えた農民たちは、嵐が来る前に所有する田んぼの何割かの米を収穫していたのだという。
これがあったおかげで、先物取引した米を全く回収できないという事態にはならなかった。
が、強欲にも多くの取引を行った者や、先の庄屋のようにいろんな農民の保証人になった者はこうして無理やり回収されたりもしている。
そういう奴は悪いが諦めてもらおう。
うまく立ち回れなかった自分の運がなかったのだから。
ただ、俺も村から米を奪いとるばかりではなかった。
さすがに、いくら嫌われていることが多い庄屋や利益を得ようと取引量を多くしすぎた農民が損を被っているとはいえ、被災した村から食料を持っていかれれば農民たちからは反感を持たれやすい。
そう思ったので、ばらまき作戦に出た。
回収した米の一部を教会でさらに炊き出しに使ったのだ。
本当なら暴騰した米をそのまま横流しにして誰か別の連中に売れば、より儲けがあるはずだ。
が、今回、こうして武力を使って回収しているのは、被災して困っている人に施すためなんですよ、というふうに装うことにしたわけだ。
村人からすれば実際に俺たちがどれほどの米を回収し、それをどのくらい施しに回したのかはわからないだろう。
わかるのはただ一つ、食うに困った自分たちに、バルカ教会では今日も炊きだしをしているという事実だけだ。
こうして、あちこちの村からありったけの米を回収しつつ、教会での評判も上げることに成功したのだった。
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