大嵐
「これはやばいな。正直、甘く見ていたよ」
季節が過ぎていく。
暑く、蒸し蒸しとする夏の季節に終わりが見え始め、秋が顔を出し始めた。
俺はというとその後も変わらず生活していた。
新バルカ街とオリエント国のほかにも、オリエント国にある村々で教会を建てていた。
新バルカ街にあるバルカ教会を総本山とする、各村の教会。
そこには、俺の家でアイによって育てられた元孤児たちが送り込まれた。
本来はバルカ傭兵団の幹部候補となるために育てていた子どもたちだが、その中にはあまり傭兵向きではない子どもたちもいる。
そういう子らは、アイの教育が一定程度身についた後に、新バルカ街にあるバルカ教会とバルカ病院で少し経験を積んでもらってから、各村へと派遣されたのだ。
その目的はバルカ教会の教えにある。
大きな街で互助会を作ったとはいえ、まだ完全にはその内容が村などで知られているわけではない。
変に間違った内容が伝わるかもしれないことを考えると、先に村に出向いて聖典という基本となる骨格のある教義を広めてもいいかもしれないと考えたからだ。
まあ、それ以外に、バルカ傭兵団から村の警備のために派遣している傭兵たちが生活する場としての意味もあった。
いつまでも村の空き家を借りての生活よりは、料理や裁縫などが完璧にできる人がいるので、より活動しやすくなるはず。
そして、その教会の建物は小さくともかなり頑丈に、村の中でもなるべく高台に位置するように作った。
これは、嵐が来た時のためのものだ。
万が一にも派遣している子どもや傭兵たちが被害にあわないようにと思ったからだ。
壁の一部は【壁建築】で出したものを利用したりもしたので、村にあるどんな建物よりも分厚く頑丈な建物になった。
というか、見た目がかなり重厚なので、ちょっとした砦みたいに見えなくもない。
そのためか、村人の中にはそこが教会とは思えないという者も少なからずいたようだ。
いくらなんでもやりすぎただろうか。
そう思っていたのだが、どうやらそんなことはなかったようだ。
というのも、アイの予想したとおりに嵐がやってきたからだ。
その規模は大きく、激しい。
俺が考えていたよりもはるかにすごい嵐がきていた。
「……大丈夫かな? 横殴りの雨でガラスが割れたんだけど……」
「これは本当にすごい嵐でござるな」
「ガリウスか。ずぶ濡れじゃないか。よくこんな雨と風の中、ここまで来たな」
「当然でござろう。マーロンがここにいるはずでござる。こんな異常事態の中であの子と離れ離れになどなるなど考えられないでござる」
新バルカ街の中央にある俺の家。
その中にいても、外の雨と風の音がものすごく大きく聞こえてきていた。
昼間だというのに外は真っ暗だ。
空には分厚い雲が覆っている。
嵐というだけあって、風の強さが想像以上だった。
真横に向かってビュービューとふいている風によって、木材やレンガが空を舞っている。
結構な重さがあるはずだが、まるで紙のように舞っているのを自分の目で見ていても信じられない。
そんな中をガリウスがやってきたのだ。
命知らずすぎるだろう。
もしも、外を歩いているときに風で真横にぶっ飛んでいるレンガにでもぶつかられたら、冗談抜きで命がいくらあっても足りないと思う。
というか、立って歩くことすら困難なのではないだろうか。
そうまでして俺の家まで来たのは、かわいい我が子を迎えに来るためだった。
ガリウスの娘のマーロンがここにいたのだ。
かつては不治の病と呼ばれる呪いによって、長い時間眠って延命していたマーロン。
そのマーロンは元気になってからは、人の命を助けるために病院で働きたいと言った。
そのために、バルカ病院で働いていたのだが、ときどき、俺の家にきていたのだ。
目的はここでアイの授業を受けることだった。
病院での実際の治療も重要だが、現場を離れて、座学に励むことができるということらしい。
そんな勉強熱心なマーロンだが、さすがにこの嵐の中を帰ることはできないだろう。
ガリウスも同様だ。
せめて、今日はこの家で泊っていってもらおうか。
「けど、マーロンがいるのがこの家でよかったんじゃないか、ガリウス? 昔の住んでいた貧民街のあの家だったら、今頃家ごと吹き飛ばされていたかもしれないぞ」
「……確かにそうでござるな。拙者も長く生きてきたでござるが、ここまでの大嵐は初めての経験でござるよ」
「あ、そうなんだ。いつもはここまでじゃないの?」
「そうでござる。雨風が厳しい秋の嵐はあるにはあるが、このような強さは初体験でござるな」
「ふーん。ってことは、オリエント国やそのほかの国にとっても同じってことだよな? みんな大丈夫なのかな?」
「分からないでござるよ。この大嵐がいつまで続くのかは分からないでござるが、はやくすぎてほしいのでござる」
「あ、それなら明日の昼過ぎからは弱まるみたいだよ」
「なに? そうなのでござるか? どうして、それがわかるのでござるか、アルフォンス殿?」
「予想だよ、予想。うちにはこういう天候を予想する天才がいるからね。そいつがいうには、明日までだって話だよ」
どうやら、このオリエント国に長く住むガリウスですら、この規模の嵐は初めての経験のようだ。
そういえば、今年は大きな嵐が来るかもしれないとはガリウスに言ってあったが、それがいつ終わるかは言ってなかったな。
だが、多分この予報は間違いないと思う。
アイの天候予測はこの東方でもかなり正確なようだ。
天気をこれまでも何度か当ててきていて、それを確認しておいたから今回も的中すると思う。
あとは、川の氾濫が問題か。
この嵐で川の水がどうなっているのか気になる。
実はさっき、ちょっと様子を見に行ってみようかとワルキューレに乗って外に出ようか一瞬思ったくらいだ。
だが、それはさすがに危険だと周りから止められてやめておいた。
その時はまだ小雨くらいだったのだが、やめて正解だったな。
この分じゃ、川はとんでもないことになっているに違いない。
ガリウスと話しながら、マーロンのもとへと向かう。
その間にも雨風は刻一刻と強さを増していた。
今日は落ち着いて眠れなさそうだ。
秋の嵐にさすがに恐怖を覚えながら、その日は夜遅くまで起きて外の音に耳を傾けて過ごしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





