嵐の前に
「どうだ、クリスティナ? 米の購入は進んでいるか?」
「ええ、問題ないわよ、アルフォンス君。けど、本当に大丈夫なの? 嵐が来る可能性はそりゃあるでしょうけど、不作になるほどなのかしら?」
「……正直、俺にはわからないよ。けど、アイが言うんだから俺はそれを信じる。まあ、もし間違いだったとしてもそこまでの損にはならないよ。米は保存もできるしね」
アイによる助言。
それは、周辺の農家からできるだけ今のうちに米を買っておけ、というものだ。
その助言を聞いてすぐに俺はクリスティナにその話をし、米の購入に動いた。
クリスティナはその話に半信半疑という感じだった。
どうも、今年のおおかたの予想は豊作になりそうだというものだったからだ。
もともと、川の氾濫などがあるので、多くの農家などはそれほど楽観的には考えないのだそうだが、それでも十分な量の米が収穫できる見込みであると言われているらしい。
そんななかで、今から米を買い集める必要があるのかを疑問視するのは当然だろう。
なので、そんなクリスティナを説得するためにも俺は考えた。
どうすれば、なるべく大きく損を出さないか。
そして、出した答えがお金ではなく物での交換だった。
未来に収穫される予定の米を今購入する。
そのための資金を、お金以外で払うことにしたのだ。
それは魔道具だ。
バルカ傭兵団が作ることができる土鍋や加熱調理機などの便利な魔道具。
それを米の支払いに使うことにしたのだ。
バルカ傭兵団が作る魔道具はどれもガリウスという卓越した職人の技術によって美術品のように仕立てられた品を【見稽古】を用いて量産している。
そして、その魔道具は全てバナージに対して卸していた。
そのため、どれもが高級品として扱われ、一般人にはなかなか手の届かない物だったのだ。
そんな高級品である魔道具を、今ならばなんと今年豊作になって余るかもしれない米と引き換えに格安で手に入れられる、としたのだ。
高級品というのは本当に高い。
米が大量にあっても、普通ならばそうそう手に入れることすらできないからこそ高級品と呼ばれるのだ。
そんな高級品である魔道具を、割安になりそうな未来の米を使って割引価格で購入することができるとした。
つまり、農家は俺に米を渡すうえに、魔道具の購入費用も支払うということになる。
なので、俺の懐からは現状では全く支払いがないということになる。
一見すると、よくわからない意味不明な取引に見えるかもしれない。
が、この取引を農家に持ち掛けるとかなりの人が手を挙げた。
どうも、街で噂になっている魔道具を使ってみたいと思っていた人が多かったようだ。
表向きは議員であるバナージが売り出しているために、村の農民にはそれを手に入れるための手段そのものがなく、諦めざるを得なかった超高級品。
それが、米と交換で安く買えるようになるのなら、いくらでも交換しようと言ってきたのだ。
普通ならこんなことをすれば、こちらがかなり不利な取引となるはずだ。
事実、この話を聞いた商人などはどういうことかと頭をひねったらしい。
だが、俺としては全く問題ない。
魔道具はそのもの自体は粘土や魔石などがあれば、あとは魔法陣の知識があるかどうかなので、高級品と言われる割には原価は安いからな。
損することはないということだ。
「それにしても嵐かぁ。稲の収穫前なんかに大雨が降って、風で倒れた稲穂が水に浸かると駄目になるのよね。アイさんはその心配をしているってことかしら?」
「かもしれない。けど、それ以外にも川の氾濫があるんじゃないかな? ここ数年で発生した大雨とは比較にならない大きな嵐が来た場合、氾濫の被害も広がるだろうし。そうなったら、新しく整備した田んぼなんかも駄目になっちゃうんじゃないかな?」
「怖いわね。というか、そうなったら、もうお米どころの話じゃないわよ、アルフォンス君。家なんかも被害にあうかもしれないわ」
「そうだね。……そうか。なら、ほかの村に出ている傭兵たちの身の安全も確保できるようにしておいたほうがいいかも。いざというときの避難のこととか、レンガを使った建物があったほうがいいかもしれないな」
お金稼ぎも重要だけど、傭兵たちに被害が出ないかも心配だ。
なにか今のうちからできる対策でもやっておいたほうがいいのかもしれない。
根本的には嵐がきても川が氾濫しないように、堤防を作ったり、ダムなんかがあったほうがいいのかもしれない。
バルカラインの近くにあるカイルダムは農業用水路とつなげていたはずだ。
だけど、さすがにもう時期が時期だ。
嵐がいつ来るのかはしらないが、今からそんな大規模な工事なんてできるわけない。
というか、そういうのはオリエント国の仕事であって傭兵団のやることじゃないしね。
ならば、せめて川が氾濫した時に避難可能な高台などを確認して、大雨に強い建物なんかを作るように指示しておくくらいが現実的だろうか。
本当に嵐が来るのか俺自身半信半疑のまま、一応の対策をするように傭兵たちには言っておいたのだった。
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