量産方法
「うーん、でもどうするかな」
「……なにが? 今度はなにを考えているの、アルフォンス君? 正直、もう変なことを始めないでおいてほしいのだけど」
新バルカ街で俺が腕を組みながらうなっていると、クリスティナが訊ねてきた。
どうも、クリスティナ的には俺にあんまり動いてほしくないらしい。
そして、それと同じことをローラやバナージあたりからも強く言われてしまっている。
なので、今はちょっとだけ、力を貯めておきながら、街の仕事をこなすことにしていた。
「いやー、なんかさ、エルビスとかスーラが最近聖典を作るって張り切っているでしょ。でも、それでちょっと気になることがあってさ」
「聖典ってバルカ教会の教えのことよね? あれは一応、私も話し合いに加わっているわよ。あれがどうかしたの? もしかして、もとの聖書に手を加えるのはやっぱりまずいかしら?」
「いや、それはいいんじゃないかな。アイがアルス兄さんに聞いたら、好きにしたら、って言っていたみたいだよ。神様も別に気にしないみたいだしね」
「……それがすごいわよね。さすが空の上に国を持っているだけあるわ。本物の神様と知り合いっていうのがちょっと信じられないんだけど」
俺の家の一室で、今も聖典づくりについてエルビスたちが話し合っている。
基本的にはエルビスがアルス兄さんのことをいかにすごいかを力説している。
が、それを全部聖書に書き加えるわけにもいかない。
なので、ほかの人間がそれを聞きながらも、原点となる聖書と照らし合わせて整合性を取っていた。
最初は俺もその話し合いに参加していたが、エルビスの話はほんとうにそんなにすごかったのかと思うところもたくさんある。
が、実際にアルス兄さんは誰もが考えもしなかったことをいくつもしているので、嘘ではないらしい。
とはいえ、聖典内でそれを全て加えると現実味がなさすぎるということもあり、もう少しお話としての面白さを高める作業に入っていた。
ちなみに、クリスティナとの話にも出てきたが、聖典づくりは許可をもらっている。
さすがに怒られるかなとも思ったけど、全く問題ないようだ。
というか、月の石という面白い素材を手に入れたアルス兄さんは、むしろそれを歓迎してくれた。
どうも、アルス兄さんの知名度が上がるほど都合がいいらしい。
なるべくかっこよく演出を入れてくれと言われたので、聖典に出てくるアルス兄さんは悪いところがほとんど見当たらない完全超人のようになってしまうかもしれない。
「って、アルス兄さんのことは置いておいてだ。俺が今、気にしているのは聖典が完成した後のことだね」
「聖典が完成してからのこと? なにが気になるのかしら?」
「いや、バルカ教会の教えを布教するために聖典を作ろうって話だったでしょ? でも、どうやって本を作ろうかと思ってさ。【念写】とか【速読】があればいいのにってどうしても考えちゃんだよ」
「念写? 速読? なにそれ?」
「あ、そうか。クリスティナは知らないのか。魔法だよ。カイル兄さんの使うリード家の魔法に【念写】とかっていう事務仕事をすぐに終わらせてくれる魔法があるんだよ。それだと呪文を唱えるだけで、頭の中の文章を紙に書きしるすことができるんだよ」
「へえ。すごいわね、それ。そんな魔法もあるのね。それはアルフォンス君は使えないのかしら?」
「無理だよ。使えない。ってことで、この東方で【念写】を使える者は誰一人としていないわけだから、本づくりって面倒だよなってことに後になって気づいたってわけ」
そうだ。
文字を書く、というのは本当にめんどくさい。
今だってそうだ。
なんかオリエント国の議会がパージ街を攻撃した俺に怒っているとかで、事情を説明する文章を提出してくれと言われたので書いていた。
これがなかなかにめんどくさい。
このオリエント国では筆とかいう道具を使って字を書くのだが、そのためにはいちいち墨をすって書かなければならないのだ。
紙の質もバルカニアに比べたら恐ろしく悪いし、手や服が汚れそうにもなる。
【洗浄】できれいにできるとはいえ事務仕事はかなりやりたくない仕事だと思う。
「あら、そんなこと心配していたの?」
「そんなことって言わないでよ。俺としてはさっさとバルカ教会を利用して戦える環境づくりをしたいの。なのに、そのための聖典を作るのに時間がかかるのはちょっと考えものなんだよ」
「それはそんなに時間はかからないと思うわよ。まあ、その【念写】とかっていう魔法と比べられたら確かに時間はかかりそうだけど。でも、大丈夫よ」
「……そうなの? 聖書って結構分厚いでしょ。エルビスの加える話がどれくらいになるか分からないけど、さらに分厚い聖典になりそうだけど、簡単に作れるものなの? っていうか、文字を書けない人も多いでしょ」
「問題ないわよ。というか、アルフォンス君の魔法にも本づくりに役立ついい魔法があるじゃない。それを利用すればそんなには時間がかからないと思うわ」
「……なんかあったっけ? 本を作るのに役に立つ魔法なんてさ」
「【見稽古】よ。あれを使えばいいわ。最初に誰かきれいな字を書ける人を選んで、その人が聖典を書くところを【見稽古】で見るの。そうすれば、あとはそれを見て学んだ人たちみんなで聖典を書き写していけばいいのよ」
「……なるほど。そっか。そういう方法もありか。それなら、文字が読めなくても、筆の動かし方さえ覚えればいけるかも」
俺が一人で考え込んでいた問題はクリスティナによってあっさりと解決されてしまった。
俺としては、本とか書類というのはカイル兄さんの魔法があるのが当たり前だった。
だから、書類を書く仕事となるとめんどくさいという感想以外出てこなかった。
だけど、クリスティナにとってはそうではなかったようだ。
確かに文字の読み書きが完全にできなくても、【見稽古】を使えば字を書き写すことはできなくないはずだ。
むしろ、普通にやるよりも失敗が少ないかもしれない。
筆で字を書くって間違いやすいし、修正もしにくいからな。
最初は教育を受けさせていた孤児たちに聖典づくりを手伝ってもらおうかと思っていたけど、【見稽古】を使うやり方ならほかの人でも十分だろう。
すぐに手配して、まずは一冊本を作ってみようか。
こうして、この東方での本づくりは【見稽古】による人海戦術によって量産していくことになったのだった。
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