聖典
「素晴らしいですね。非常に素晴らしい。いい考えだと思います」
「そう? エルビスもそう思う?」
「もちろんです。アルフォンス様のお考えに賛同します。ですので、ぜひ、バルカ教会の教えを広げる役目を任せてくれませんか?」
「え? エルビスが布教するのか? いや、教会のことはハンナあたりに任せようかと思っていたんだけど……」
「何を言うのですか。バルカ教会はあのアルス様の像を祀っているのですよ。そのアルス様のことを誰よりも知っているのはこのエルビスです。自分以上の適格者など絶対にいません」
「うーん。まあ、いいか。分かった。じゃ、布教活動についてはエルビスに任せるってことで。ただ、教会の運営とかはハンナに任せているからね」
「分かっています。このエルビスに期待しておいてください。このオリエント国をはじめとしてあらゆる国でアルス様のすばらしさを広く知らしめていくことをお約束いたします」
クリスティナと話して適当に決めたバルカ教会の利用法。
誰の目にも一目でわかるすごいものとして吸氷石の像があり、その像の安置してある床には細工がしてある。
魔石などを利用して、床のレンガの下に魔法陣が描かれているのだ。
そして、その床の上であれば継承の儀が行える。
その特殊な設備をも利用して新しい宗教を作り出し、その信者はバルカの魔法を使える者であると規定する。
で、信者が困っていたら教会がバルカ傭兵団へと助けを求めることができる、という方便を作ってオリエント国以外の土地にも絡んでいこうという魂胆だ。
それをエルビスに話すと、思った以上に食いついてきた。
どうやらエルビスが布教活動をしたいらしい。
そういえば、バリアントでもそんな感じのことをしていたような気がする。
もともと、アルス兄さんがこの東方に来た時に手に入れた土地がバリアントだ。
スーラなどが住んでいた土地を巻き込んで付近の集落に吸氷石の像を作り、バリアントという街には神殿もどきも作ったそうだ。
そして、アルス兄さんが西へと戻った後もそのバリアントに残ったエルビスなどは、吸氷石の像が置かれた神殿でアルス兄さんのことについて、その地の住人に語っていたという。
その後、アルス兄さんが再び来た時に空に浮かぶバリアント城を作ってエルビスはそっちにいったので、そのエルビスの語りは鳴りを潜めていたようだ。
それでも、最初に俺についてきたバリアント出身の傭兵たちが、それまで全然知りもしなかった俺になぜついてきたのかというと、かつてのエルビスの語りがあったからだ。
いかにアルス兄さんがすごいかを耳にたこができるくらいにエルビスが言っていたからこそ、アルス兄さんに似ている俺についていこうと思ったのだろう。
ようするに、バリアントからの傭兵たちが今も俺に付き従っているのは、俺だけの力じゃない。
イアンのような力ある存在とともに、アルス兄さんとエルビスの存在が大きいのだ。
なので、エルビスが自分こそ布教活動にふさわしい者はいないと言ったとき、バリアント出身の奴らもうなずいている者が多かった。
「それでしたら、このスーラもその伝道師の役につかせていただけませんかな?」
「ん? スーラも布教活動がしたいのか?」
「ええ。この老骨にできることはもう限られておりますしな。アルフォンス様についてあちこちに行くことはできますまい。であれば、限られた残りの人生、できる限りのことをしたいのですじゃ」
俺とエルビスの話を聞いていたスーラがそう言う。
バリアントから俺についてここまで来てくれたのは、なにも若い傭兵だけではなかった。
傭兵たちをまとめ、俺やエルビスもよく知らない小国家群へと行くための案内役としてスーラが老いた体にもかかわらずここまで来てくれていたのだ。
ただ、この地に新バルカ街という拠点を作り、ローラがオリエント国の議員になったあたりで、スーラの仕事は一段落ついたらしい。
それまで、意外と細かい折衝をしてくれたりもしたが、それも必要なくなったのでゆっくりと街で過ごしていたのだ。
しかし、それでもあんまり暇すぎるのは嫌なのだろう。
何かできることをしたいということで、いきなり俺が言い出した宗教の布教についても協力を申し出てくれた。
「でも、スーラはもう動き回って布教はできないだろうしな。ハンナと一緒に教会でなにかするってことかな?」
「それもいいでしょうが、できればやっておきたいことがあります」
「やっておきたいこと? なにそれ?」
「聖典づくりですじゃ。エルビス殿の教えは確かに素晴らしい。アルス様がいかにこれまで活躍してきたかを、我々にも分かりやすく、引き付けるように語ってくれるでしょう。ですが、それだけでは駄目です。全員が共通して認識できる話がないといけないでしょう」
「まあ、そりゃそうだろうね。でも、聖典か。そんなもんまで作るってなると大変すぎるような」
「大丈夫ですじゃ。実は以前、アルス様に聖書というものをいただいたことがあるのです。それは、霊峰の向こうの国で書かれたもので、今まであまりしっかりとは読めなかったのですが、最近はアイ殿に翻訳してもらったおかげで内容を理解できるようになってきたのですじゃ」
「聖書って、聖光教会のか。でも、それってアルス兄さんのこととは関係ないでしょ? 聖書には一行たりとも出てこないし」
「なので、この聖書にエルビス殿の語るアルス様のお話を付け加えるのです。それを聖典として、布教に利用してはどうかと思うのですじゃ」
なるほど。
それもいいかもしれない。
たしか、もともと聖光教会の聖書って、洗礼を受けて魔法を使えるように授けてくれた神に感謝して生きるべし、というのが基本だったはずだ。
そのほかは、神様のおかげで魔法使えるようになった人類がいかにして魔物の住む土地を人の世に変えてきたかという歴史ものという一面もある。
その辺にエルビスがよく語っていたというアルス兄さんの話を加えようってことか。
いいかもしれない。
どう考えてもエルビスひとりで布教なんてできるわけないしね。
基準となる聖典ってのがあれば、それを使ってほかの奴に布教させてもいいだろうし。
なのでスーラの案を採用してみることにした。
エルビス、スーラ、ハンナとあとはアイに話し合いでもしてもらって、上手くバルカ傭兵団にとって利用しやすい聖典とやらでも作ってもらうことにしようか。
こうして、バルカ教会ではその後しばらく聖典として生まれ変わらせるために聖書をたたき台にした神の教えの改良が行われることとなったのだった。
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