保険
「す、すごいですね。これが【命名】のほんとうの力なんですか。今まで全然知らなかった」
「ほんとうだな、ゼン。見てみろよ、これ。今までより【慈愛の炎】に魔力を注げるから力が強くなっているぜ」
「お、すごいな、ウォルター。これはやべえな」
ゼンとウォルターがそんなことを言い合って力比べを始めだした。
どうやら、新しく作った新バルカ派の組織がこのパージ街で機能し始めたようだ。
まず最初の仕事として、街の住人に対して名付けをし始めた。
運営組織の人間が近しい人に対して【命名】を使い、そこからさらに【命名】が使われるため、あっという間に広がったのだろう。
今はこうしてゼンやウォルターなどが魔力量の増加を体感できるくらいにまでなっている。
この魔力量の増大を体感できているのはバルカ傭兵団だけではないだろう。
というのも、これを感じているのは街の住人に名付けをした組織の者たちもだからだ。
彼らも魔力のつながりによって街中の魔力が流れ込んできているために、魔力量が増大している。
これも狙いの一つだった。
というのも、もともとバルカ傭兵団に忠誠を誓ってこの街の運営を行う地位に残ると言った者たちは基本的にはたいして強くないという問題があったからだ。
議会のあるオリエント国でもこのパージ街でも、どちらも基本的には地位が高い者というのは魔力量が多い傾向にある。
それはこれまでの歴史が関係している。
特権階級にある者は魔力を多く生まれ持ち、そして魔力が多い者同士で結婚することで、さらに魔力が高い者が生まれてきたからだ。
そのため、たいていの街で権力者というのは「魔力量が多く、強い者」であると認識されている。
だというのに、俺たちが任命したこの街の運営組織の連中が事務仕事しかできないよわっちい奴らばかりだったらどうだろうか。
多分だが、住人はすぐに言うことを聞かなくなるだろう。
きっと、自分たち住人を裏切って傭兵団の下についた裏切者として扱われるはずだ。
だが、今回の名付けでその可能性はある程度減るのではないかと思う。
街中からの魔力を受け取った者として、更に上位者に魔力を持っていかれるとはいえ、ほかの住人とは比べ物にならないくらいの魔力量になったのだ。
人の上に立つ者であると認められる程度には足りているだろう。
なので、パージ街の住人からは一定程度認められると思う。
後、問題があるとすればぺリア国との関係か。
もともと、このパージ街というのはオリエント国の北東にある小国であるぺリア国に属している。
そのぺリア国にこのパージ街が敗北したという情報はそのうち知られるはずだ。
そして、その負けたはずのパージ街は侵略者である傭兵団が退去した後に、新たな組織を作って街の統治を始めたというのもすぐにわかることとなる。
そのとき、ぺリア国はどう対応するだろうか。
もともと、この街はパージ家が治めていたのだから、パージ家に返還するように要請するか、あるいはそれがなされない場合、ぺリア国の監視下に置くなどと対応するかもしれない。
もしくは、もっと過激であれば、俺たちと関係を結んだことを察知して、新バルカ派の組織の者を全員捕まえて処刑するかもしれない。
それはちょっとまずい。
まずいというのは、組織の人間が殺されることももちろんだが、魔力のつながりが途絶えることもある。
街の住人に対して名付けを行った者が全員死んでしまうと、組織の人間に名付けをして魔力量を増やしたバルカ傭兵団の傭兵たちもその魔力の恩恵を失ってしまうことになるからだ。
それだけはできれば避けたい。
ならば、どうすべきか。
考えた結果、俺はもう一つ保険を残しておくことにした。
ぺリア国がどんな対応をしても、パージ街からの魔力の回収を途切れさせない方法。
それは、組織の人間を一部だけ、手元に置いておくというものだった。
「二人とも、あんまりはしゃぎすぎるなよ。……あの二人のことは置いといて、頼んだぞ、キク。その人らをきちんと新バルカ街へと護送してくれ」
「大丈夫です。任せてください、アルフォンス様」
今も力比べをしてはしゃいでいるゼンとウォルターたちから視線を外して、俺はてきぱきと動いているキクへと声をかけた。
その声を聴いて、キクが胸をドンっと叩いて返事する。
どうやら、前回の戦闘での頑張りを褒めたのがうれしかったようだ。
新しい仕事を任せたら、いつも以上に張り切っている。
キクに頼んだ仕事というのは、とある人物を新バルカ街へと連れていくというものだ。
それは、この街で生き残っていたパージ家の人間でもある。
そして、パージ街を運営する組織の一員でもあった。
グイードやグレアムといった当主筋とは異なるようだが、分家にも別のパージ家というのがあり、その分家のお嬢様として育てられていたカレンという女の子がいたのだ。
そのカレンもパージ街が敗北した夜にバルカ傭兵団へと忠誠を誓った一人である。
多分彼女としては生き残る道にかけたのだろう。
その忠誠を受け入れた俺は、カレンを組織の一員として認めた。
ほかの者たちはあるいはこのカレンを、組織の中にいる唯一のパージ家の血筋の者として頭に据えることになるのかとも考えていたようだ。
だが、俺の考えは違った。
彼女にも他の者たちと同様に街の住人たちへと名付けをさせ、そして、この街から新バルカ街へと連れていくことにしたのだ。
こうすることで、たとえ、この街に残った組織の者が全員死んでしまっても、とりあえずパージ街で魔法を使える住人は残るはずだ。
そして、住人たちには魔法の使用の禁止を誓わせたりはしていない。
ゆえに、組織員のほとんどがぺリア国に処罰されて死んだとしても、魔法を使える住人たちが使えなくなってしまった住人に名付けしなおしてくれることだろう。
なんせ、生活魔法は本当に便利だからな。
あれを一度経験したら、生活魔法なしの生活に戻ることは不可能だと思う。
なので、バルカ傭兵団が回収した魔力の完全な喪失という可能性はだいぶ減るはずだ。
ちなみに、このカレンという女の子は新バルカ街に連れ帰った後は孤児たちと一緒にアイに教育してもらおうかとも思っている。
年齢がキクと同じくらいなので、教えたことを吸収しやすいはずだ。
今のうちに、バルカ流のやり方に馴染んでもらっておいて、いずれパージ街に舞い戻ることができるかもしれないよ、とささやいておけば頑張って勉強してくれるんじゃないだろうか。
なにはともあれ、こうしてバルカ傭兵団は効率的にパージ街の魔力を回収することに成功した。
そして、それを失う可能性をなるべく減らす対策も行った。
となれば、これ以上はここで俺たちができることはないだろう。
しばらくの間は組織の面々がパージ街をほんとうに掌握できるかどうかを確認するために街にとどまり、それができたと判断した後に新バルカ街へと帰還することとなったのだった。
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