パージ家当主の最期
「ば、ばかな。そんなはずがない。この秘儀はグイード様の……」
「矢を放て、ウォルター分隊。血を流させろ」
「はっ。放て」
新たに戦場に放たれた漆黒の蝶。
それがひらひらと舞い、グレアムたちの体にまとわりついた。
それを確認してから指示を出す。
ウォルター分隊が携行用の弓を用いて矢を放つ。
それは簡単にグレアムたちに命中した。
もちろん、ウォルターたちも【見稽古】という魔法を使って弓の訓練もしている。
そのため、本来ならば習熟に時間のかかる弓術も全員がそれなりの力量になっていた。
だが、それ以上、グレアムらの隙が大きかったようだ。
本来の実力であれば、目の前でかまえて射かけられた矢を無防備に受けるほど弱くはないはずだ。
しかし、グレアムらはその矢が幾本も体に突き立てられることとなってしまった。
相当に驚いたのだろう。
そりゃそうか。
なんせ、この黒死蝶を使えるのはグイードだけのはずなのだから。
この黒死蝶という魔術は魔法ではない。
そのため、グイード個人の技であり、血のつながりのあるグレアムもきっと使えなかったはずだ。
その黒死蝶が、一切関係のないはずの、急にこの街に襲い掛かってきた俺によって使われた。
その事実に頭が追い付いていかなかったに違いない。
完全に思考停止になったことで、あまりにも無防備に攻撃をその身に受けてしまったのだ。
「なんだそれは? 黒い虫か?」
「黒死蝶だよ、イアン。この街の長老的な爺さんが使っていたんだ。まあ、生き物っていうよりはどっちかというと精霊みたいな感じらしいね」
「ほう、精霊か」
「多分ね。俺の魔力を通じて、どこかから黒死蝶という精霊を呼び出しているんだと思う。言ってみればフォンターナ家の【氷精召喚】に近い魔術なのかも」
黒死蝶を見たイアンが、面白そうな顔で聞いてくる。
それをグレアムまでもが血を流しながら聞いてしまっていた。
いいんだろうか?
その体に突き立った矢から出ている血は止まらなくなるけど、大丈夫なんだろうか。
グレアムのそばにいた二人は慌てて体にまとわりつく黒死蝶を引きはがそうとし、さらにそばに飛んできたほかの黒死蝶へも武器を振って、矢を体から取り除いている。
ただ、あんまり意味のない行動だったかもしれない。
慌てふためくそんな二人には今もウォルターたちからの攻撃が続いているからだ。
キクたちのほうも同じような感じみたいだ。
こちらは気配と聞こえてくる声だけでの状況判断だが、同じように黒死蝶を見たパージ兵が混乱の極みにあるらしい。
それに向かってキクたちが猛攻を仕掛けている。
ついさっきまでは逆の立場で出血死するほどの傷を負わされた借りを返すかのように、相手を攻め立てているみたいだ。
聞こえてくる感じでかなり有利のようだ。
なので、グレアムらの動きには注意しつつ、イアンと話す。
俺がこの黒死蝶を使えるのは、魔術を奪ったからだ。
その相手はもちろんグイードだった。
キク分隊を助け、ウォルターたちと合流し、グイードの配下を殲滅した後のことだ。
はやくゼンたちのところに向かおうというキクたちの意見を聞きながらも、俺は倒したグイードの遺体へと向かった。
そして、その身に魔剣ノルンを突き立てたのだ。
それまでは俺とヴァルキリーを守る真っ赤な鎧となっていたノルンだが、ふたたび魔剣へと姿を変え、そして、その魔剣がグイードの心臓を貫く。
だがその体からは血が流れ出ることはなかった。
グイードの血をすべてノルンが吸い取ってしまったからだ。
やっていることと言えばただの吸血だ。
だが、これはほかの相手から血を吸うのとは少し違うかもしれない。
が、初めての経験でもない。
これはかつて俺もグルーガリア国の材木所で目にしたことのある光景だった。
その時の相手は流星と呼ばれた男だ。
弓に長けたグルーガリア国の中でも特に実力者と知られていて、しかも、ほかのグルーガリア兵には使えないような独自の魔術とでもいうべき【流星】の使い手。
ノルンはその流星の血を吸い取り、そこから俺に新たな力をもたらしたのだ。
それ以降、俺は【流星】という魔術とともに、それまで使えなかったアルス兄さんの魔法である【整地】や【壁建築】、【魔石生成】などの魔法をも使えるようになった。
よくわかっていないが、ノルンが血を吸い取ったことで流星の持つ力を奪い取ったのだと思う。
その効果はものすごく、そして、それは今回も同様だった。
グイードが使った【黒死蝶】。
この魔術もノルンがグイードの血を吸い取ったことで使えるようになったのだ。
使ってみてわかったのだが、どうやらこれは【氷精召喚】みたいなものなのではないかと思う。
といっても、俺は【氷精召喚】のことをあんまりよく知らないんだけど。
ただ、魔力で蝶を作っているというよりは、どこかから黒死蝶という存在を呼び寄せているみたいだ。
そのおかげではないが、黒死蝶の攻撃対象をある程度指定できるっぽい。
というか、そうでもなければ現れた黒死蝶が敵味方関係なく、その場にいる全員の体にくっつくことになってしまう。
だが、実際にはそうはならなかった。
別に俺が次々に出てくる黒死蝶を一匹ずつ操っているというわけではない。
どう言葉にすればいいのかわからないが、なんとなく俺の意志が黒死蝶に伝わっているような感覚がある。
俺が自分の認識する味方以外を襲えと命じたら、それを聞いて黒死蝶が実行してくれたのだ。
なので、なんとなくこいつらは精霊ではないかと思った。
武器で簡単に散らすことができるくらい弱い精霊なんじゃないだろうか。
「ふ、ふざけるな。そいつを、黒死蝶を解放しろ。それはおじい様のものだ」
「遅い」
イアンについて黒死蝶のことを説明していると、急にグレアムが再起動したようだ。
いきなり叫びながら、武器を振り上げてこちらに近づいてくる。
血を流しながらも、その顔は怒りに燃えていた。
だが、その動きは決定的に遅かった。
すでに、イアンとの戦闘である程度血を流していたのも関係しているのだろう。
大量に血が流れ出て、動きが遅い。
そんな隙だらけのグレアムの攻撃が俺に届く前に、反対にグレアムの体に魔剣ノルンが突き立てられた。
たくさんの漆黒の蝶に群がられながら、赤黒い魔剣にその身を貫かれるパージ街の主。
その体からはそれまで流れ出ていた血がピタリと止まり、そのまま地面に沈んでいったのだった。
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