ワルキューレの先行
「ワルキューレ、先行しろ」
「キュー」
血を流しながらも大盾で体を守りつつ、弓での攻撃を続けるキク分隊。
今もキクたちとグイードの兵による矢の攻防は続いている。
俺たちの頭上を飛ぶ矢の中には、キクたちのほうではなくこちらに向かって放たれた矢もあった。
その矢に体を傷つけられるわけにはいかない。
今もこの戦場には黒死蝶が増え続けているからだ。
この黒死蝶を出している本人であるグイードのもとにたどり着くまでに、なるべく怪我は避けなければならなかった。
そこで、俺がとった方法はワルキューレを先行させるというものだった。
真っ赤な毛並みのワルキューレは俺を乗せることなく単騎で駆け抜けていく。
俺はというと、ここに来るまでにイアンが乗ってきていて、外壁を突破するときに乗り捨てたヴァルキリーに騎乗していた。
なぜ、ワルキューレからヴァルキリーに乗り換えたのか。
それには当然理由がある。
それは、ワルキューレには角があり、ヴァルキリーにはなかったからだ。
本来はヴァルキリーも角を持って生まれてくるのだが、俺が東方に来る際にアルス兄さんから貰ったヴァルキリーはすべて角なしだった。
そのため、バルカ傭兵団にいるヴァルキリーは全て魔法が使えない。
だが、ワルキューレは違った。
俺の魔力で生まれたワルキューレはヴァルキリーにそっくりで、一番の違いはその体毛が白ではなく赤いところにある。
あとは、若干角なしヴァルキリーたちよりも体格がいいくらいだろうか。
そのほかはほとんど同じなのだ。
つまり、ワルキューレは生まれつき角が生えている。
そして、そんなワルキューレに俺は名付けをした。
そのため、ワルキューレは魔法を使うことができた。
俺が最初に矢の攻撃を【壁建築】を使ったときにも、ワルキューレはそのあとに続いて魔法を使ってくれていた。
【壁建築】でできあがる壁は高さ十メートルと高いが、横幅が五メートルほどだからだ。
たった一つの壁だけだと、俺の体を守るだけならいいが、そばにいた傭兵たちすべてを守るには全然足りない。
それを即座に対応してくれたワルキューレはものすごく頭がいいのだと思う。
そして、それは今も同じだった。
俺の先行しろという言葉を聞いて、すぐにそのとおりに行動するワルキューレは、俺が言いたかったことを完全に理解してくれている。
ただ単に前を走るだけではワルキューレを先行させる意味がないということを分かっているんだろう。
俺たちの前を走るワルキューレは、走りながらもときおり「キュー」と鳴き声を上げた。
そして、そのたびに魔法が発動する。
そこで現れるのは壁だった。
今回も【壁建築】を使ったのだ。
俺やほかの傭兵たちも使える【壁建築】だが、ワルキューレも全く同じ魔法を使うことができる。
が、俺たちとワルキューレには決定的な違いがあった。
それは、高速移動しながらも魔法を使えるということにある。
たとえば、俺が走りながらも【壁建築】を使おうとするとどうなるだろうか。
この魔法を発動するには呪文を言わなければならない。
しかも、その際に地面に手を付ける必要があるのだ。
つまり、移動しながら壁を作ろうとすると、そのたびにしゃがみこんで地面に手をついて呪文を唱える必要がある。
しかし、ワルキューレは四足歩行で移動している。
移動中も常に手をついて走っている状態なのだ。
そのため、走る勢いをほとんど変えずに、移動しながら壁を作ることができた。
前を走るワルキューレがグイードに向かって突き進みつつ、ときおり壁を作った。
それは俺たちにとっての盾となるものだ。
グイードたちから放たれる矢が高さのある壁にあたり、こちらまで届かない。
何度か壁を出現させながらも、その壁を避けるようにジグザグに移動するワルキューレの動きに、明らかに向こうの兵は対応できていなかった。
それも当然だろう。
だって、このあたりでは魔物とかいないみたいだしな。
ワルキューレのようにものすごい速さで走りながら、次々と魔法を使う生き物なんて見たこともないだろう。
そんな相手にいきなり突っ込んでこられたら、すぐに対応なんてできるものではない。
それに対して俺のほうはあまり深く考えずにグイードのもとへと近づくことができた。
普通ならば、ワルキューレが走りながら壁を作って、次の瞬間その壁から左右どちらかに飛び出してさらに進む、なんて動きにはついていけないだろう。
だが、そこはヴァルキリーがうまく対応してくれた。
角がないため魔法が使えないとはいえ、脚力的にはワルキューレと遜色ないヴァルキリーが左右に移動しながら突き進んでいくワルキューレの後を完全についていってくれたからだ。
その速度は人の足では追い付けない。
俺と一緒に飛び出したはずのウォルターたちとは距離が離れてしまっていた。
ただ、それを待つのももったいない。
俺はそのままヴァルキリーの走りに身を任せて、グイードのもとへと接近することに成功したのだった。
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