キク分隊
「アルフォンス様、俺が出ます」
グイードのそばにいる兵から弓矢による攻撃が続く。
最初は即座に攻撃を察知した俺が【壁建築】で防くことに成功した。
そして、それを見たワルキューレが真似をしていくつもの壁を作ってくれたおかげで被害は最小限に済んでいる。
だが、それに対して相手も攻撃に変化をつけた。
急に現れた十メートルの高さの壁の上を飛び越すように角度をつけて矢を射かけてくる。
そして、壁の向こう側からは足音が聞こえていた。
おそらくは、矢を射かけつつ、壁の側面に回っているのだろう。
上から飛んでくる矢はそれだけで対処が難しい。
人間は頭上からの攻撃に弱いからだ。
俺やウォルターがそろって上を見上げて、落ちてくる矢に集中しているときだった。
俺が出る、と声をかけてくる者がいた。
「キクか? 行けるのか?」
「大丈夫です。任せてください」
「よし。任せた」
その声の主はキクだ。
ハンナやミーティアと一緒に、俺が貧民街で最初に拾った孤児の少年。
そのキクはもともと傭兵として働くことを孤児時代から考えていた。
俺がキクたちを拾って、アイに教育させ始めてからも、その考えは変わっていなかったようだ。
強くなって戦場で活躍する。
そんな強い思いでアイからの指導を受け、自らを鍛えていたキクは今回の戦場にやってきていた。
「キク分隊、出るぞ!」
ちなみにキクもウォルターなどと同じように分隊長を任されていたりする。
ハンナよりも少し年下のまだまだ子どもっぽさもあるキクだが、こう見えて一応バルカ傭兵団の幹部候補でもあるからな。
貧民街から集めた孤児はほかの傭兵たちよりも勉強などにも力を入れているので、結構優秀なのだ。
とはいえ、実戦経験がないのでいきなり幹部として使うことはできないということで、分隊長や班長として傭兵団に組み込むことになった。
子どものうちから実戦に投入するのはどうだろうかとも言われていたけど、軍事演習などではそれなりに人をまとめて動かせていたようだ。
それもこれもアイの指導のたまものだろう。
それに、孤児たちはアイから戦い方や勉強のほかにも、俺と同じように魔力の効率的な使い方なんかも教わっていたからな。
ほかの傭兵たちは軍として動くことを優先して訓練されていたのに対して、個人としての力も鍛えるように指導されていた。
そのキクが壁の横から飛び出ていき、それにキクの部下たちがついていった。
しっかりとキクは分隊の傭兵たちをまとめることに成功しているようだ。
危険な状況であるにもかかわらず、キク分隊の面々は全員がキクの後を追って壁の陰から飛び出ていく。
その先は、グイードの配下による矢の攻撃が待ち構えている。
飛び出たキク分隊を狙って矢が放たれた。
だが、それを大盾を使って防ぐ。
あれは魔導迷宮で俺が手に入れた魔装兵の盾だ。
成人男性をまるまる覆い隠せるほどの大きさの金属の盾を使って矢の攻撃を防ぐ。
キク分隊の何人かがそうやって攻撃を防ぎながら、キクはそのほかの傭兵たちと弓を構えた。
「放て」
どうやら、弓には弓で対処しようということらしい。
大盾で身を隠しながら、十人ほどの傭兵たちが弓を引き絞り、矢を放つ。
ヒュッという音とともにそれぞれの矢が交差する。
が、その差は歴然だった。
どうやら、矢の攻撃はキク分隊のほうに分があったようだ。
【見稽古】のおかげでもあるんだろう。
なんせ、弓矢の扱いは俺がキクたち孤児に教えたもので、それはもともと流星と呼ばれた弓兵の動きだ。
弓の使い手として特化したグルーガリア国の中でも特に実力者として名の通っていた流星の体の使い方を、キク分隊の面々も完全にその身にしみこませている。
そんなキク分隊から放たれた矢は、グイードの兵のそれとは比べ物にならない強さと命中精度だったようだ。
何度かの弓による攻撃が繰り返され、明らかに相手方のほうからの攻撃圧力が弱まった。
「今だ。俺たちも行くぞ」
「了解です。お前ら、キク分隊に負けるなよ。ウォルター分隊の力を見せてやれ」
キクたちがうまく活路を開いてくれた。
それを確認して、すぐに俺も動く。
身を隠していた壁から俺とウォルター分隊も飛び出した。
グイードに向かって駆けだす際に、ちらりとキクたちのほうに目を向ける。
弓の腕で相手に勝ったとはいえ、キクたちは決して無傷ではなかった。
それはそうだろう。
もともと集中攻撃を受けていたところから、あえて飛び出してその身をさらしながら反撃したのだ。
大盾で身を隠すようにしていたとはいえ、傷がつかないはずがない。
弓を手にしたキク分隊は、その全員が体から血を流していた。
しかも、その体にはあの黒死蝶がまとわりついている。
傷口から血を流れ出させるいやらしい効果を持った漆黒の蝶。
その黒死蝶の効果がもろに出ていた。
弓の腕で相手に勝り、最初は勢いがあったキク分隊だが、すぐにその勢いが落ちてきてしまった。
相手からの弓による攻撃で少しでも傷がつくと、そこからどんどん血が流れていってしまうのだ。
大盾のおかげでまだそれほど大きな傷がないようなのが幸いだろうか。
だが、いつまで持つかわからない。
キクたちの頑張りを無駄にはできない。
少しでも早くグイードを倒してしまおう。
あの黒死蝶がグイードの魔術である以上、グイードを倒しさえすれば効果は切れるはずだ。
そう考えて、俺は傷ついたキクたちから視線を外して、グイードのもとへと向かったのだった。
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