黒死蝶
「黒い、蝶? なんだあれ?」
「わかりません。けど、そういえば聞いたことがあるような……。パージ家のグイードと言えば、昔このあたりで活躍していた人で不思議な技を使ったとか」
グイードの手のひらから出て飛んでいる蝶。
それを見てつぶやいた俺にウォルターが答える。
ただ、あんまり詳しくは知らないようだ。
多分、グイードは今は戦場には出てこないのだろう。
若い傭兵であるウォルターは、名前を聞いたことがあるけどよく知らないという感じらしい。
ひらりひらりと蝶が舞う。
グイードの手のひらから出てきた蝶の数は、今も増え続けていた。
手のひらくらいの大きさの真っ黒な蝶は見ていると不気味な感じがしてくる。
黒死蝶と呼ばれたその黒い不気味な蝶が俺のところまで近づいてきた。
それを魔剣ノルンで切りはらう。
スッと横にひいた剣が黒死蝶をスパッと二等分にした。
それはなんの抵抗もなかった。
グイードの魔力で作り出されたからか、黒死蝶には重量などないのかもしれない。
まるで空を切ったかのような感覚。
だが、確実に影響があった。
(おい、アルフォンス。こいつは最悪だ。俺との相性が悪い)
魔剣ノルンが俺に思念を送ってくる。
そして、そんなことは言われなくても俺もこの黒死蝶が相性最悪なのが分かった。
というのも、黒い蝶を切り裂いたことで、魔剣がその原型を保てなくなっていたからだ。
蝶が触れた部分からドロリと赤い血液がしたたり落ちる。
しかも、それが止まらない。
だらだらと地面を血で汚すこととなった。
「これは、血が? 血液が流れ出るのか」
「ほう。ずいぶんと変わった武器を持っているのだな。血でできた剣か。なるほどのう。これは僥倖。貴様の武器はこのわしの黒死蝶にとって相手にしやすいようだな」
「だ、団長。これ、やばいですよ。血が勝手に……。止まんねえ」
この黒死蝶は魔術なのだろう。
グイードという爺さんが独自の研鑽を積んで磨き上げて作り出した魔術。
おそらくは、魔法ではない。
この東方では人に魔法を伝える魔導師がいなかったことで、呪文化することは重要ではないのだろう。
なので、グイードのそばにいる他の者がこの黒死蝶を使うことはないようだ。
ただ、それでも蝶の数が多い。
グイードの手のひらからは今も漆黒の蝶が生み出されていた。
おそらくは、この蝶は触れた者の血液を流れやすくする効果があるんじゃないだろうか。
俺の血でできた、血そのものであるノルンがその形を保てずにドロリと零れ落ちてしまう。
対して、そばにいた傭兵たちの中には体に黒死蝶が触れた者がいたようだ。
そいつらは、体にあった小さな傷から血がにじみ出てしまっている。
普通ならば止まるような血や、すでに止まっているはずの傷跡からも垂れるようにして血が出てしまっている。
ここに来るまでに街の中を突っ切ってこられたのは、もしかしたら誘いだったのかもしれない。
途中で何度も攻撃を受けつつも突破できていたが、それはこちらに手傷を与えるという目的だった可能性がある。
「やば。壁建築」
ウォルターやほかの傭兵たちの体から出続けている血を見て驚いていた俺だが、攻撃の気配を察知して慌てて魔法を使った。
ワルキューレから飛び降り、地面に手を付けて【壁建築】を唱える。
次の瞬間には目の前に分厚い壁が出現し、向こうから飛んできた矢を防いだ。
なるほど。
どうやら、これが向こうの戦い方のようだ。
グイードの使う黒死蝶という魔術で、相手の傷口から血が止まらないようにする。
そのうえで、ほかの兵が弓などで攻撃してくるのだ。
その攻撃で致命傷にならなくともいいのだろう。
少しでも傷がつけば、そこから血が止まることなく流れ出るのだから。
もしかしたら、傷口の大きさによって血が出る速度が変わるのかもしれない。
かすり傷でも厄介だが、当たりどころによっては数分で出血死になるのかもしれない。
「面白いな。とりあえず、ノルンは戻れ」
(言われなくともそうさせてもらう)
ひとまず、ノルンを下げた。
こいつの相手は血の塊でもあるノルンとは決定的に相性が悪い。
小さな傷跡ですら血が止まらずにじみ出続けているのに、魔剣ノルンはさらに勢いよく血を失っていたからだ。
このままじゃ、ノルンと一緒に俺が干からびてしまう。
俺の体に戻るようにノルンに言うと、すぐに魔剣が消えた。
よかった。
俺の体に取り込んだことで、出血は止まった。
もしも止まらなかったらどうなっていたんだろうか。
ただ、それでもこのわずかな時間で失った血の量は多い。
すでに、俺の足元には血の池が広がっていた。
子どもの体格からはありえないほどの血の量だ。
多分、今までノルンが取り込んだ血も含まれているのだろう。
やっぱり面白いな。
戦場に出るのは面白い。
この東方では魔力を高めた家から生まれた者は、独自にその力を磨いて活躍することが多い。
単純に魔力量の多さも強さの基準になるが、それだけでは勝負は決まらない。
独自の技術として磨き上げたその魔術などを駆使して、勝利する。
油断していると一気に足元をすくわれて敗北してしまう。
グイードが爺さんであることなんて関係なかった。
こいつは強い。
まさか、こんな厄介な魔術を持っているとは思わなかった。
だが、そんな強敵を前にして、俺はワクワクが止まらなかったのだった。
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