通信機
「えーと、とりあえず、伝令として使う暗号はこんなものでいいかな?」
「そうですね。異常なし、異常事態、敵発見、応援求む……。ほかにも、ひとまず必要なものは出そろったのではないかと」
「よし。じゃあ、次はこの魔力暗号を覚えて使えるようにならないといけないことになるな。……すぐにできそうか?」
「どうでしょうか。アルフォンス様のように日ごろから魔力操作を鍛えておられる方ならば、この魔力暗号は簡単に使えるかと思います。ですが、そのほかの傭兵たちには少々難しいかと」
あれから、数日が経過した。
ミーティアから教わった腕輪を使った伝達方法。
魔力の送り方を工夫することで、アイを通して遠隔地であっても通信を可能となる。
それを俺はエルビスらと協議して、実際に使うための準備を進めてきた。
オリエント国に点在する小さな村々。
そこに傭兵を送るとなると、一か所ずつの人数は限られてしまう。
そして、そこから腕輪を使って暗号通信をするとなると、その暗号を使える者が必須だ。
だが、ここに少し問題があった。
というのも、意外とみんなこの暗号を送ることに苦労していたからだ。
腕輪に向かって長短織り交ぜた魔力を何度も区切りながら送ることで、意味のある文章となす。
言葉にすればそう難しいことではないのかもしれない。
実際、俺はすぐにそれを使えるようになった。
だが、それは俺が魔力の扱いに長けているからだとエルビスは言う。
ほかの傭兵たちにはそれができないみたいだ。
彼らが普段の訓練をさぼっているというわけではない。
いつも訓練を受けているのだが、魔力操作についてはあまり訓練項目に入っていなかったのだ。
基本的にはバルカ傭兵団の一員として、上官の命令に従って動けるように、集団として行動するための訓練が多かったからだ。
そのため、個人技に分類される魔力操作はほとんどの傭兵が下手だった。
「しょうがない。できないんなら、専用の道具を作ったほうが早いだろうな」
「道具ですか?」
「そうだ。腕輪という魔道具に自分の魔力を使って文章を伝達する。これが難しいっていうなら、魔力操作が必要のない方法を考えよう」
時間をかけて傭兵たちに魔力操作の訓練をするのもありかと思った。
ただ、そうすると相応の時間がかかる可能性がある。
もちろん、魔力操作が得意な奴もいるだろうから、そういうのを見つけるいい機会なのかもしれないが、できれば傭兵であれば誰でも連絡をできるようにしておきたい。
そう考えた俺は、腕輪の代わりに暗号通信を送ることができる道具を作ってみることにしたのだ。
言い換えれば、専用の通信機とでも言えばいいだろうか。
複数の魔石にそれぞれに魔法陣を描く。
その魔法陣の基本構造は腕輪と同じで魔力を通してアイに伝わるものだ。
【魔石生成】と唱えて生み出した魔石にチャチャッと魔法陣を描いてその通信機を試作する。
ただ、ちょっと変更を加えておいた。
それぞれの魔石ごとに魔力を流すと異なる魔力の流れ方になるように細工を施したのだ。
いってみれば、魔法陣そのものに魔力暗号を組み込んだといえばいいだろうか。
異常なしと知らせたければこの魔石に、敵発見であればこっちの魔石に魔力を流す、というふうに使い分けることができるようにしておけば、とりあえずの伝達は可能になる。
これであれば、魔力操作が全然できない者でも【魔力注入】という呪文を使えば暗号通信が可能となるだろう。
「なるほど。面白いですね。これであれば、暗号について知らなくても全く問題ありません。それに、目くらましにもなりますね」
「え、どういうことだ、エルビス? 目くらまし?」
「はい。この複数の魔石が収められた通信機で連絡を取るようにしていた場合、それを見た者はこう思うはずです。この装置が無ければ遠距離での伝達が行えない、と」
「ああ、そういうことか。つまり、通信機がなくても腕輪さえあれば自由自在に連絡を送ることができるってことに気が付かれにくいってことだな?」
「そのとおりです。魔石には魔法陣が描かれていますが、これらの魔法陣も暗号化されているので解析も難しいでしょう。そのため、伝達ができる装置であると認識されても、深くまで理解はされないかと。せいぜい、どの魔石がどのような内容を伝えるかを特定できるくらいが関の山ではないでしょうか」
「だろうね。それに、盗まれてもたいして問題ないもんな。アイならば、魔石が描かれた通信機がどこにあるかが把握できるはずだし。それって盗まれた先が特定できるってことでもあるんだから、暗号を逆に利用されづらいってことでもある」
「そのとおりだと思います。では、この通信機を必要量だけ用意しましょう。伝達内容も最初は必要最小限に絞ってもよいかと思います」
「わかった。できれば、ガリウスにも相談して使いやすい形の装置として通信機を設計しなおしてくれたらありがたいかも」
「承知しました。それでは、こちらをお預かりいたします」
俺がとりあえずで作った試作型の通信機をエルビスがガリウスのもとへと届けに行った。
ガリウスならばいくつもの魔石が上手く収まるようにいい感じの装置に作り変えてくれるだろう。
それをさらに何個か用意して、傭兵たちに使い方を教えよう。
そんなに難しいものではないからすぐに使いこなすことができるはずだ。
こうして、俺は魔力を使った暗号通信を誰でも簡単に使える通信機として作り出し、それを傭兵たちに持たせることにした。
その通信機もすぐに複数用意できたので、それを持ったいくつかの班がバナージの指定した村々へと通信機を携えて出発していったのだった。
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