暗号通信
「ミーに任せてって、どういうこと?」
「ミーもアル様のお役に立ちたいの。だから、ミーに任せて」
俺の質問にミーティアが耳と尻尾をピンとたてて答えた。
その直後に尻尾が左右にブンブン振れている。
興奮しているんだろうか。
ハンナが結婚してから、今まで以上にほかの人に引っ付くようになったミーティアだが、自分が誰かの役に立てると思って言っているのかもしれない。
「ありがとう。けど、ミーが連絡係になって走り回るわけにもいかないからね。ハンナが心配するだろうしさ。だから、どういう考えがあるのか教えてくれるか?」
「わかりました。えっとね、この腕輪を使うの」
「腕輪? 識別票のこいつのことか?」
「はい! これでアイさんに連絡を取るの」
ミーティア自身が連絡役を務めるのは無しだと言ってから、どういう考えがあるのかと訊ねた。
すると、思わぬ答えが返ってきた。
腕輪というのは、この新バルカ街に住む全員に配っているもののことだ。
これはただの腕輪ではない。
魔石が組み込まれていて、その魔石には魔法陣が描かれた魔道具の一種だ。
この魔法陣というのは本来ならば精霊石に刻まれているものだ。
神の依り代とも呼ばれるアイの体を作るための精霊石という土の魔石に魔法陣が描かれている。
その魔法陣を【魔石生成】で作り出した魔石に対して使用しているのだが、腕輪からアイの体が飛び出してくるわけではない。
が、腕輪を身に着けている人物の魔力を感じ取ってアイが認識することができるのだ。
そのため、誰がいつどこにいるのかが常にアイにはわかる状態になっている。
新バルカ街に出入りする際にもこの腕輪が使われていたりもするが、これをどう使うというのだろうか。
「面白そうだな。どうやるんだ?」
「えっとね、こうやって魔力を込めるの。ギュッギュッギューってやるとね、アイ先生に伝わるの」
「……ギュッギュッギューねぇ。ちなみにそれはなんて連絡しているんだ?」
「助けてーって言ったの」
「ああ、なるほど。前に誘拐されたときのことがあるからか。なるほどなるほど、助けを求める合図ってことね」
ミーティアにやり方を聞いてみると、本人が実践してくれた。
腕輪に手を当ててギュッギュッギューと魔力を送りこんでいるみたいだ。
最初見た時はいったい何がしたいのかと思ったが、どうやら思った以上にちゃんとした理由があったらしい。
ギュッギュッギューは助けを求めるというものだった。
そして、それは本当だった。
ミーティアが魔力を使って合図を出した後すぐに、アイがやってきたからだ。
「なにかありましたか、ミーティア様?」
「あー、アイ先生、来てくれたー。アル様に言われてアイ先生に助けてーって言ったんだよ」
「そうでしたか。アルフォンス様、ミーティア様が救援を要請したようですが、いかがいたしましょう」
「俺が助けてほしいくらいだ。ちょうどいいから、アイも話し合いに参加してくれ。ミーティアの助けてっていう合図について、説明してくれないか?」
「承知いたしました」
どうやら、ミーティアの言うことは嘘ではないみたいだ。
アイとは本当に連絡が取り合えていたのか、別の部屋にいたはずのアイに時間差なしで伝わっていたようだ。
だが、ミーティアからの説明ではいまいち要領を得ないため、説明をアイにしてもらうことになった。
「えーと、この腕輪に魔力を送れば、アイにつながるってことでいいのか?」
「少し違います。私は腕輪を通して、皆様方の魔力を感知しているにすぎません。ですので、魔力を腕輪に流し込んでもそれに対しての反応は基本的には起こさないようになっています」
「そうなの? でも、ミーの助けてっていう合図には反応して来たんじゃないのか?」
「そのとおりです」
「……よくわからん。もしかして、ギュッギュッギューっていう魔力の送り方が重要ってこと?」
「はい。正確には一定の規則性を持った魔力の波長を感知したのです」
「魔力の波長?」
「はい。魔力の流れを長短の二つにわけ、それを組み合わせて使うことで、ただの魔力としてではなく、意味のある文章として利用しているのです」
「へー。なんか全然よくわかんないけど、要するに暗号を使ってるって感じなのかな?」
「そう言いかえることもできるでしょう。ミーティア様が以前の連れ去られた経験から助けを求められるようにと何度か魔力を腕輪に送り込んでおられたので、僭越ながら『助けて』という暗号をお教えいたしました」
なるほど。
ミーティアなりに考えていろいろやっていたところに、アイが助け船を出したってことか。
というか、そんな方法で連絡を取り合うことができたのか。
さすがアイだ。
いろんなことを知っている。
ただ、こういう便利な知識をアイから引き出すのは意外と難しいときもあった。
基本的にはアイは言われた仕事をこなすからだ。
聞かれない限りは自分からこういう便利な方法があると主張したりしない。
今回はたまたまアイのそばでミーティアがいろいろ試行錯誤しているところを見たからだそうだが、きっとその時ミーティアのほうから聞いたんだろうな。
遠隔通信といえば、天空王国にも存在はしている。
バルカ軍に配備されている通信機で、耳にかけて使うものだ。
だが、あれはヴァルキリーの角を使ったものだったので、俺には用意できないと決めつけてしまっていた。
しかし、意外と答えは身近にあったのだ。
まさか識別票としてしか使っていなかったこの腕輪が、そんな連絡手段を取ることすら可能なものだったとは思っていなかった。
ミーティアのおかげでこの腕輪が活用できる。
その暗号通信のやり方さえ覚えれば、各村に派遣した傭兵たちから逐一連絡を受け取ることができるようになるだろう。
「お手柄だったな、ミー」
「やったー。じゃあ、撫でて、アル様」
俺がほめると、頭を撫でろとミーティアが近づいてくる。
もちろん、それくらいやってやろう。
俺は猫耳の飛び出たミーティアの頭に手を置いて、やさしく撫でてやったのだった。
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