栽培
「お、結構しっかりしたサンダルだな。はいよ、坊主、受け取りな」
そういって行商人が俺に硬貨を手渡す。
それを受け取って俺は唖然としてしまった。
俺が丹精込めて作り上げた山のように積んでいるサンダルが硬貨数枚として買い上げられたからだ。
もちろん、受け取った硬貨は金貨や銀貨といった値打ちの有りそうなものではなく、端が少し欠けているような銅貨ばかりだった。
サンダルの材料となるハツカの茎はいくらでも手に入るとはいえ、これではいつまでたっても武器など買えないのではないか。
だが、行商人がぼったくっているというわけでもない。
単にサンダルの単価が低すぎるというだけの話なのだろう。
そこで、行商人に対してもっといい値段で買い取れる商品についてリサーチする。
今の俺の年齢は5歳くらいだからだろうか。
その年だとこれだけの量のサンダルを作っただけでもすごい、などと言われてしまうが押し切るようにして情報を掴み取ろうとひたすら聞きまくったのだった。
※ ※ ※
「よっと……。こんな感じでやってみるかな」
行商人とのやり取りを終えた数日後のこと。
俺は家の裏で作業をしていた。
できるかどうかはまだわからないが、サンダルに代わる収入源を得るための実験を行おうとしている。
めんどくさがる行商人を長時間拘束して話し込み、得られた情報の中で可能性がありそうなもの。
それはきのこの栽培だった。
この世界には魔力があり、魔法が存在している。
そして、俺は今まで知らなかったのだが減った魔力を短時間で回復させることのできる魔力回復薬というのも存在していたのだ。
だが、魔力回復薬はあまり出回っていない。
それは原材料に原因があるからだ。
魔力回復薬を作るために一番重要になるのが魔力茸というものだった。
これは森に生えているものを採取するしかないのだが、採取時期が限られている。
そのときに取れたものを使って魔力回復薬を作成するのだが全然量が足りないらしい。
俺がまだ子供で森に入るような年齢でもなかったため、もうちょっと大きくなったらやってみれば? という感じに話の最後の方にその話題が出てきたのだ。
だが、それは俺にとってはビジネスチャンスだ。
というのも、偶然持ち合わせていた魔力茸の実物を見せてもらったときに気づいたからだ。
これって「しいたけ」じゃないの、と。
魔力茸を目にした俺は前世の記憶がフラッシュバックした。
実はしいたけを栽培した経験があったのだ。
それは家庭用の栽培キットのようなものを使ったお手軽栽培であり、本格的なものではない。
だが、この魔力茸がしいたけと同じような育ち方をするのであれば可能性は十分にある。
そのための実験に取り掛かることにしたのだった。
※ ※ ※
基本的にきのこというのは植物ではなく菌である。
菌が木の中で増え、木そのものを自身の栄養分として増殖していく。
そのため、菌が増えやすい状況を作り出してやれば人工的に栽培することが可能となる。
まず俺は村にいる木こりから魔力茸がとれるという種類の木の丸太を調達した。
自分で伐りに行こうかとも考えたが、いかんせん木を伐るのも、それを持ち帰るのも大変だ。
さらにいえば、数ヶ月くらい乾燥させないと栽培には使えないのだ。
その点、木こりならばためた資材として乾燥させた状態の丸太があった。
ちょうど良さそうなものを選んで数本を持って帰ってきたのだ。
丸太を乾燥させるのには理由がある。
木は外側から乾燥していき、中の方はまだ水分が残った状態になっている。
もし、木の外側だけが乾燥していて中が湿っていると菌の繁殖が悪いのだ。
そのため、適度な乾燥が必要となる。
が、逆にカラッカラに乾燥しすぎていても良くないらしい。
あくまでも適度な湿り気も必要となる。
そのため、家の裏の日陰になっているところへとおいておく。
あとはこの丸太へときのこの菌を埋め込み、木の内部で菌が増殖するのを待つということになる。
ただ、このままやってもおそらく失敗することは間違いないだろう。
そこで、前世では絶対になかったやり方も追加する。
それは菌を埋め込んだ丸太に俺の魔力を流し込むという方法だ。
きのこ菌なんてものは言ってしまえば木に寄生して成長しているに過ぎない。
そして、魔力茸というからには多量の魔力を含んでいるはずであり、すなわち、それは木から魔力を奪っているということにはならないだろうか。
ならば、その魔力を俺が代わりに支払ってもいいのではないだろうか。
そんな確証もない仮説を立てた上での実験だった。
数本の丸太にそれぞれ魔力の注入に差をつけて育つかどうかを様子を見ながら行っていく。
俺の生活は朝起きて日が出ているうちは畑の世話をし、日が暮れたころになると丸太に魔力をぶち込んでから、夜は母親が出した照明の下でサンダルを作る日々が続いた。
そうして、しばらくしたころ、数本ある丸太のうちの1本だけに、3つだけ魔力茸が姿を現したのを見つけたのだった。
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