巨人の騎士
「じゃあ、さっそくやってくれ」
「え? なにを?」
「今言ったばかりだろう、アルフォンス。お前から俺にスフィアの名を授けてくれ」
「あれ? そういう話だったのか? てっきり、俺はイアンとハンナの名乗る姓を決めるだけなんだと思っていたんだけど」
「違う。前に言っただろう。俺はお前にこの命をささげる、と。ならば、お前から俺に名を授けてほしい」
スフィア家の誕生。
イアンとハンナの結婚で生まれた新しい家。
イアンとの話でそれが決まったことにめでたしめでたしと思っていたが、どうやら話はここで終わらなかったみたいだ。
イアンが俺に対して名付けをしてくれと言ってきた。
いいんだろうか?
イアンは俺に命をささげると言ったことがある。
いや、自分の残りの人生だったっけ?
まあ、どっちでもいいか。
ただ、だからといって名付けをすることになるとは思っていなかった。
だって、アルス兄さんとタナトスさんの関係を見ていたから。
あの二人は昔から協力して戦場で戦い、多くの勝利をともにしてきた。
そして、確かタナトスさんもアルス兄さんに自分の人生をささげると言ったことがあると聞いたような気がする。
だけど、だからといってアルス兄さんがタナトスさんに名付けをしてはいない。
なんとなく、アトモスの戦士に名付けをするのは駄目なのかと思っていた、のだけどいいのか?
「大丈夫なの? アトモスの里の禁忌に触れたりとかそんなのはないの?」
「ない。そもそも、アトモスの里では名付けなどというものは無かったからな。ただ、普通はしないだろうな。アトモスの戦士は誇りある傭兵の一族だ。それは言い換えれば、誰かの下に収まることはないということでもある」
「駄目じゃん。フォンターナ連合王国では、名付けって主従関係になるよ? つまり、俺がイアンに名付けするってことは、イアンは俺の騎士になるってことなんだぞ?」
「かまわん。どのみち、俺はすでに故郷も天空も離れてお前についてくることにした身だ。騎士を名乗らねばならんのなら、俺は騎士になろう」
「……うーん。ま、いっか。イアンがいいなら、受け入れよう。【命名】、イアン・スフィア。お前の名はこれからイアン・スフィアだ。巨人の騎士イアン、これからも俺とともに戦ってくれ」
「承知した。我が主、アルフォンス・バルカのために我が力を尽くすことをここに誓う」
うーむ。
本当にいいんだろうか。
イアンが俺の騎士になった。
もともとは傭兵として戦いたいと俺についてきたイアンが、ここまで俺に尽くすと言ってくれたのは自在剣を渡したからだ。
巨人化できるイアンにとって非常に便利な大きさの変わる魔法剣。
それを盗賊をしていた奴からぶんどって、イアンに渡したら急にそんなことを言ってきたんだ。
だが、まさかそれがそこまでイアンの中では大きな出来事だったとは思っていなかった。
だって、そうだろう。
名付けをするということは、俺に自分の魔力を奪われる状態になるということでもある。
魔力は自身の強さの源だ。
魔力量が減るということは、イアン自身が弱体化するということでもある。
それを全く知らないわけでもないのに、自分から名付けを受けると言ってくれるまで自在剣を喜んでいたのだろうか。
あるいは、もしかしたらハンナと結婚してちょっと変な興奮状態にでもなっていたりするんだろうか?
わからない。
が、もう名付けをしてしまった。
今更取り消せと言われてももう遅い。
満足そうな顔をして、今も子どもにまとわりつかれているイアンの様子を見ながら俺は一人で納得することにしたのだった。
「それにしても本当にすごいな。イアンから膨大な魔力が流れ込んでくるよ」
「……ほう。これが名付けか。本当に一瞬にして魔法が使えるようになるのだな」
そして、その名付けが終わったことで両者に変化が現れた。
俺はイアンに名付けたことによって、イアンの魔力の一部が流れ込んできた。
そのために、ほかの人からとは圧倒的に違う大量の魔力の増大を感じることになった。
なるほど。
そのへんの一般人を何人名付けするよりも、強い者を一人に名付けしたほうが圧倒的に強くなれるな。
西では貴族が騎士と認めた相手にだけ名付けをする仕組みになっていたが、それは効率的にも大きな意味があったんだろう。
とはいえ、名付けた相手の魔力すべてが俺に流れ込んでくるわけでもないらしい。
俺とイアンの魔力量はまだ大きく差があった。
名付けた後でもイアンのほうが俺よりも魔力量が多く、どっちが主でどっちが従なのか分からない状態だ。
対して、魔力量が一定値減ってしまったイアンだが、そのことを普通に受け入れていたようだ。
というか、新しく手に入った魔法に興味があるらしい。
確かに、今までアトモスの戦士は巨人化できたといっても、ほかに魔法を持っていたわけではないからな。
ほかの誰も魔法を使ったことがない。
いわば、初めてたくさんの種類のある魔法を使えるようになったアトモスの戦士が誕生したということにもなるのか。
イアンの満足そうな顔を見て、俺もあんまり気にすることをやめた。
本人が納得しているんならそれでいいだろ。
こうして、俺は俺にだけに仕える巨人の騎士を手に入れたのだった。
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