止まれ
「っく。しゃらくせえ」
鎧姿に変化した鮮血兵ノルンが男に抱きかかえられたミーティアを奪い取る。
どうやらミーティアは気を失っているみたいだ。
ぐったりとして動かないけれど、大丈夫だろうか。
そんなミーティアを奪い取ったノルンに対して、男が斬りかかった。
ガキン、と音が鳴る。
ノルンの腕が男の剣を弾き、そして、腕を振って殴りかかろうとした。
だが、それを見てさっとあとずさり距離をとる。
「結構いい動きだな。ノルンはミーティアの保護を優先。生きてるよな?」
「ああ。生きている。多分、眠らされているだけだろう」
「了解。あとは俺がやるから、下がっててくれ」
男とノルンの間に割って入るようにして、ミーティアの状態も確認する。
どうやら無事のようだ。
見た感じ、傷もなさそうなのでミーティアのことはノルンに任せておく。
改めてじっと相手を見つめる。
いまさらだが、この貧民街にいるにしては目の前の男の体格はいいように見える。
少なくとも食べ物がない貧困者の体つきではない。
それに、もしそうならさっきのノルンの反撃を避けることなどできなかっただろう。
魔力量もある。
少なくとも、こんなところにいるには場違いなような気がする。
ただ、目の前の男だけではなく、他にも何人か魔力量の多い奴がいるようなので、こいつだけが特別というわけではないのか。
そういう連中がここに集められているのかもしれない。
「おい。お遊びは終わりだ。全員でこいつをやるぞ」
男が周囲に対してそう言うと、周りも動く。
十人には足りないが、一般人よりも強そうな連中が周りを囲んできた。
そして、男の合図をもとに一斉に俺に襲い掛かってくる。
それを見てから対処する。
魔力の流動。
目の前をまっすぐ見据えて魔剣を構えていたが、一瞬にして体内の魔力を動かし、右足に魔力の量を多くした。
その魔力を使い、右足の力を底上げし、地面を蹴る。
前を向いた状態で右から左へと飛ぶように移動し、さらに魔力を流動させる。
脚から背中、そして腕に魔力を流し、その流れにそって体を使う。
最小限の動きで右手に握っていた魔剣を前に突き出して、左側にいた男に斬りかかった。
スッと撫でるようにして相手の左の太ももを切り裂く。
切れ味鋭い魔剣のおかげで痛みは感じないかもしれない。
だが、その攻撃によって脚に力が入らなくなったのか、がくんと体勢を崩すことに成功する。
そして、そのままの勢いで足を切った男の背後に回り、その背を蹴る。
当然、魔力は流動させ続けており、蹴った瞬間には脚力を強化していた。
そのため、子どもの俺が蹴ったにもかかわらず、結構な勢いで吹き飛ばされる。
急な動きで場所を変え一人を切り裂いた俺を追いかけていた連中に蹴り飛ばした男の体がぶつかった。
体がぶつかり連中の動きが止まる。
それだけではなく、飛んできた男を避けた奴もこちらに近づけなくなった。
もちろん、それを見逃すことはない。
すっと上体をかがめたまま一番前にいる相手に近づき、下から上へと剣を薙ぎ、喉を裂く。
カヒュっという音の後に、ゴボっと音が鳴り、相手の呼吸が詰まった。
息ができなくなって苦しいのだろう。
慌てて喉に手を当てようとするそいつの服を掴んで、横へ引きずり倒すように引っ張る。
「ガアッ」
すると、その体に剣が突き立てられた。
蹴り飛ばした男に当たった連中がそいつの体をどけてから攻撃してきたのだ。
その攻撃から身を守るために盾として利用した。
そして、すぐにその場を移動し、攻撃を続ける。
「っち。ガキのくせして強いな。さすがに傭兵団の団長なんてものを名乗っているだけあるな」
「今更命乞いしても遅いよ?」
「いいや。そんなつもりはないさ。ただ、奥の手は使わせてもらうぜ」
俺がその後も何人かを倒した後、ミーティアを人質に取っていた男がそう言いだす。
どうやら、こいつがこの場で一番のまとめ役なのかもしれない。
わずかな時間ですでに何人も倒したにもかかわらず、ほかの連中もそいつの言うことに従っているところを見ると、信頼されているのか。
あるいは、奥の手というのがこの状況でも自分たちの勝ちを約束するものだと思っているのだろうか。
どういうことだろうかと、動きながらも相手の魔力を探る。
すると、魔力に動きを感じた。
男の体の魔力が高まる。
それと同時に、その指にはめていた指輪へとその魔力が送り込まれる。
「止まれ」
魔道具か?
そう思ったときには、すでにその指輪の効果が発動していた。
男の発した「止まれ」という言葉とともに、俺の体が停止する。
ピクリとも動かない。
慌てて全身に魔力を練り上げ、無理やり動こうとするが、それでも全く動けなかった。
「今だ、やれ!」
そこに周囲から武器を持った連中が攻撃を繰り出してくる。
やばい。
油断していたつもりはなかったが、まさかそんな魔道具を持っているとは思っていなかった。
なんとかその攻撃を避けようともがき続けるが、それでも俺の体は少しも動くことができず、ただ近づいてくる攻撃だけを視界にとらえ続けていたのだった。
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