慈愛の炎
「す、すごいですね。体が芯から温まるような感じです。この炎はなんと居心地のいいことか」
最初に儀式を受けたウォルターがそんなことを言っている。
それを聞いて、ほかの傭兵たちも興味津々だ。
最初は体に炎が移って大丈夫なのだろうかと警戒していたが、特に問題もなくウォルターが元気にしている姿を見て安心したようだ。
次々とハンナのもとへと並んで儀式を受けている。
ウォルターが言っているのは、ハンナの魔術のことだろう。
ハンナはまだ魔法を作ることはできていない。
最初は魔力を炎にできることを利用して、攻撃魔法を作ろうとしていた。
だが、それはなかなか思うようにいかなかったからだ。
ミーティアの血を取り込むことで炎を創り出すことができるようになったハンナだが、それを自由自在に操るのはやはり難しいらしい。
特に炎を出すことができても、高出力を安定して出すことが苦手なようだ。
炎を攻撃力のあるものにしようと高火力にすればするほど、呪文化するのに必要ないつでも同じ威力の魔術を発動するということができなくなった。
かなり練習したが、結局それはうまくいっていない。
だからだろうか。
最近はちょっとやり方を変えたらしい。
火力の高い炎を出すのではなく、普通とは違った炎を生み出すという方向性に進んでいるのだ。
それは、先ほどの儀式で使っていた炎がそうだ。
俺が用意した魔石を利用して儀式を行っているハンナは、その両手に炎を纏わせている。
そのハンナの手にある炎は触っても熱くない。
むしろ、気持ちがいい熱さとして感じるのだ。
さらに、そのハンナの炎はハンナの手から人へと移すこともできる。
あたたかな炎が儀式を受けた人の体に入り込んでいく。
俺もその炎を受けたことがあるが、何とも言えない気持ちよさがあった。
心がポカポカとしてきて温かくなり、嫌なことや気持ちを忘れてしまうとでもいうのだろうか。
なんというか、体と心にその炎が染み渡っていくような感じがするのだ。
そして、それは単に気持ちいいだけではないらしい。
どうやら、ハンナの炎が体に取り込まれると、一時的に身体能力も上がるようだ。
これがなかなか不思議な効果があった。
アルス兄さんの作った【身体強化】という魔法は魔力を用いて肉体の強さを向上させる効果がある。
けど、その効果はものすごく高いというわけではなかった。
多分、アルス兄さんがまだ小さな子どもの時に作った呪文だというのも関係しているのかもしれない。
【身体強化】は魔力の消費量が少ない代わりに、能力の向上の比率もそれなりだったのだ。
使えば確かに力が強くなるけれど、一般人がそれまでの何倍もの力を手に入れるような魔法ではない。
あくまでも、その人が持つ基礎的な力を何割か上げることができるというものだった。
だが、ハンナの炎は違うらしい。
ハンナの手を通して体に入ってきた炎は胸の中にしばらく残り続ける。
そして、その炎に自分の魔力を注ぎ込むと、その注ぎ込んだ魔力の量だけ身体機能が向上するようだ。
そのため、【身体強化】のように誰が使っても同じような効果しかない魔法とは違い、魔力が多いほど力が上がるらしい。
炎の高出力化が難しいと悟ったハンナの新たな境地というところだろうか。
他人の心を落ち着けつつ、能力の向上を可能とする炎なんて、多分俺では考えもつかなかっただろう。
それができたのはひとえにミーティアのためでもあった。
この炎の魔術の本当の狙いは体を癒すというところにあったからだ。
【猫化】すると体が悪くなってしまうミーティアのために、ミーティア自身の魔力を使って体の不調を取り去ってやろうとあれこれしていた結果、偶然できるようになったのがこの魔術だからだ。
ハンナだからこそできた魔術だろう。
まだこれは呪文化できていないので、やってみたら面白いんじゃないかと思ってハンナには勧めている。
ちなみに、【慈愛の炎】という呪文名はどうだろうかと提案したところ、自分で慈愛というのはちょっと恥ずかしいかもと照れた顔をしていた。
どうでもいいが、この【慈愛の炎】はそのうち効果時間が切れて、体の中の熱が無くなってしまう。
今はまだ短時間しか持続しないので、あと少しすれば消えてしまうだろうか。
ハンナとしては呪文化する前にこの効果時間を延ばせないかと考えているようだ。
「ん。どうやら全員儀式が終わったみたいだな」
ウォルターやほかの者がその身に受けた【慈愛の炎】についてあれこれ感想を言っているのを聞いたり、魔力でどこまで力が上がるのかを確かめているのを見ていた。
そんなことをしていると、どうやら全員分の儀式が終了したようだ。
人数がそこまで多いわけではなかったので、あっという間という感じでもある。
間違いなく全員が儀式を終えたことを確認した俺は、場所を変えることにした。
「どこまで行かれるのですか?」
「この先に傭兵団の訓練場がある。ひとまずはそこに行こうか」
儀式を終えた傭兵たちを連れて、俺は教会を出て次なる目的地へと向かう。
それは、これまでの傭兵団が訓練などにも使っていた場所だ。
一応、ここにいる者たちは試験に合格だ。
俺の【威圧】にも耐えられたし、この街に住み、傭兵団の一員として活動することにも納得して儀式も受けた。
そんな連中に対して、正真正銘、最後の裏試験を行うために訓練場に連れていったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





