ハンナの儀式
「全員座ったな。それじゃあ、始めようか。儀式を受けるのは一人ずつだ。誰か最初にやりたい人はいるかな?」
「はい。なら、俺が」
「ああ、さっきの。名前はなんていうの?」
「ウォルターです。よろしくお願いします」
教会に入ってきた数十人の傭兵候補たち。
そいつらをいったん教会内にある椅子に座らせる。
そして、そこから一人ずつ血の楔という儀式を行うことになった。
その一番手として名乗りを上げたのがウォルターだ。
さっき、教会の前でいろいろと聞いてきた奴だな。
誰からでもよかったので、そのウォルターを前に来させる。
「儀式を行うのは、ここにいるハンナだ。ハンナ、よろしく」
「はい。では、ウォルターさん、こちらに。儀式を始めます」
そして、前に出てきたウォルターのことをハンナに任せる。
実はこの儀式はハンナが執り行うことになっていた。
血の楔は俺の血を対象者の体に送り込むことにある。
そのために、俺が儀式を行うのが普通かもしれない。
が、それをせずに済むようにした。
それは、今後のためでもある。
俺がいないと儀式ができないのではこれから街の住民が増えていくときに困るだろうというのもあった。
それに、俺が何百何千もの人に儀式を行うなんて時間がかかりすぎる。
一人ひとりに割く時間をどれだけ短くしたところで、数が多くなればなるほど膨大な時間をそれにとられてしまうことになるからだ。
なによりも、儀式の実行者として俺が前面に出るのはあまりよくないだろうというのもあった。
この血の楔という方法は、決まりを守らなければ痛みを伴う罰を強制的に与えるというものだ。
それはおそらく集団をまとめるときにものすごく役に立つ。
けれど、反感も買いやすいのではないかという問題があった。
もしも、何らかの理由で何度も痛い思いをすることになった奴がいたらどう思うだろうか。
こんなことなら儀式を受けなければよかったと思うかもしれない。
あるいは、こんな体にした相手を憎むかもしれない。
さらに、それをほかの人に話すこともあるだろうか。
俺に変な儀式を受けたせいで大変なことになった、なんていうかもしれない。
別にそう言われたからといって、気持ちが落ち込むとかそういうことはないだろうけれど、あまり面白くないのも確かだろう。
なにより、アルフォンス・バルカという人間が他人の体に影響を与える術を持つ、というのはなるべく知られないほうがいいだろうと考えた。
というわけで、身代わり役に抜擢されたのがハンナだ。
わざわざ、俺なしでも儀式として血の楔が実行できるように準備して、それを教会で働くことになったハンナにしてもらうことにしたというわけだ。
ちなみに、血の楔は例の赤黒い魔石を利用することにしている。
一番大きくてきれいな魔石を選び、それをガリウスがきれいに磨き上げ、装飾を施す。
その結果、儀式用のなんかすごそうな見た目の魔石が用意できた。
その魔石に鮮血兵ノルンと同じように俺の血を大量に取り込ませる。
だが、鮮血兵のように鎧姿とはならずそのままの形で使用する。
儀式を受ける対象者の手の指をほんのわずかに傷つけて、そこからにじみ出た血を魔石につけるようにする。
そうして、条件を確認し、その条件を守ることを誓うと指先の傷口からノルンの残留思念が宿ったごく少量の血が相手の体に入るというわけだ。
それにより、その後条件を破ると罰が下ることになる。
このように儀式の一連の流れを自動化することで、俺が直接動くことはないようになっていた。
これなら、血の楔の儀式が俺の魔術だと気づかれないだろうという算段だ。
「あなたはバルカ傭兵団としてこれらの約定を遵守し、この街の一員としてふさわしい行動をとることを誓いますか?」
「はい、誓います」
「誓いを確認しました。では、ここに手を。今からあなたの血を一滴、天へとささげてもらいます。よろしいですね」
「はい」
「……儀式の成功を確認しました。これにより、あなたはバルカ傭兵団の一員となります。健闘を祈ります」
ハンナも頑張っている。
元孤児でしかも貧民街出身のハンナだが、アイの教育を受けたことで人前に出ても問題ない立ち居振る舞いができるようになっていた。
だが、それでもまだ成人もしていない年齢の女の子だ。
ここに集まった傭兵たちを前に儀式の実行者として低く見られないように努力している。
華美なものではないが、しっかりとあつらえた教会用の服もばっちり似合っている。
そして、今もずっと頑張っている魔力の扱い方をこの場でも利用して、声に魔力を乗せて話をしているようだ。
俺のように【威圧】を発動するためではなく、相手に安心感や信頼できる人間であると印象付けるために魔力を利用しているらしい。
バルカニアにはオペラの歌姫という【歌唱】という魔法の使い手がいたが、あれは歌を通して感動を人に与えるのだが、それと似たようなものなのかもしれない。
さらに駄目押しとばかりに、儀式の最後にはハンナ独自の魔術も発動させていた。
相手の手が魔石の上に乗せられている上に差し伸べたハンナの手。
そのハンナの手が燃えている。
両手が炎に包まれているのだが、それが手のひらから相手の体に燃え移っていく。
が、どうやらその火に触れても熱くはないらしい。
ほんのりと温かい、それこそ体全体を気持ちよく温めるような炎がハンナの手を通して相手に伝わるという演出により、儀式の成功が伝えられる。
これにはさすがにウォルターやほかの見ている者たちも驚いていた。
なにやらとんでもない儀式が行われたようだ、と思ったのかごくりとつばを飲み込んでいる者もいる。
そんな様子が教会内に見られながらも、ウォルターへの儀式が終わり、そのほかの者も次々とハンナからの儀式を受けるために並ぶ。
こうして、バルカ傭兵団に入るための儀式はハンナによって見事に行われていったのだった。
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