事前確認
「お、結構残ったかな」
新バルカ街の外壁の外。
そこには多くの人の体が倒れていた。
俺が発動した【威圧】。
その魔力の針に耐えられなかった者が意識を手放して地面に横たわっている。
だが、さすがに傭兵としてこの地に集まっただけのことはある。
貧民街でこんなことをすれば多分ミーティアのような例外だけを除いて、ほぼ全員が倒れていただろう。
しかし、今回はそうではなかった。
数十人ほどが倒れずに立っている。
俺の【威圧】に耐えたということは、それだけ魔力量があるということでもある。
少なくともそのへんの一般人よりは強いはずだ。
戦場で活躍できる傭兵団を作ろうと思えば、数を増やすだけでは足りない。
相応の強さを持つ者を揃えておく必要もある。
そのために、簡単にふるいにかけて候補を絞るには【威圧】が一番手っ取り早かったのだ。
実際に、その効果はあったと思う。
「今この場で倒れずにいる者は前に出ろ。倒れている者のことは心配いらない。すぐに目を覚ますから、その後はここにいるエルビスが試験の続きを行う」
急に周りの者が倒れたら、普通は心配するだろう。
現に倒れた者を介抱しようとしゃがみこんでいる者もいる。
が、心配いらないことを告げて、前に出てくるように促した。
さすがに、残った者たちはそれなりに危険な場での経験があるのだろう。
急な展開にもかかわらず、そこまで大きな混乱なく、俺のもとへと集まってきた。
「おめでとう。君たちは見事、俺の試験に合格した。入団の手続きを進めるために、今から街へと向かう。ついてきてくれ」
集まった数十人に対して、俺はそう言って場所を移動する。
向かったのはすでに外壁などで土地を囲った新バルカ街の中だった。
入り口に当たる門をくぐり、街の中を進んでいく。
傭兵候補の男たちが俺の後をついて、さらに奥へと向かう。
歩き続けて別の壁が見えてくる。
外壁で囲まれた土地の中にある内壁。
その内壁よりもさらに中へと入っていった。
「着いた。ここはこの新バルカ街の教会だ。ここで今から君たちにはバルカ傭兵団の仲間になるための儀式を行ってもらうことになる」
「あの、よろしいですか? 儀式とはいったいなんでしょうか?」
【威圧】に耐えた傭兵候補たちを連れて俺が案内したのは教会だ。
そんなに大きな建物ではないけれど、数十人くらいならば楽に入れる。
ただ、建物の中に入る前に一度止まり、俺は振り返った。
ワルキューレの背にまたがり、上から見下ろすようにしながらここで儀式を行うことを告げる。
そんな急な話に傭兵の中の一人が質問を投げかけてくる。
まあ、当然だろう。
このあたりの小国家群では特定の宗教というのはなく、地域によってさまざまなものが信仰の対象となっているらしいからな。
いきなり新バルカ街にある教会で儀式と言われても何をするか想像もつかない。
あるいは、自身の信仰とは違う宗教に身を投じろとでも言われるのかと心配したのかもしれない。
もちろん、俺の目的はそうではない。
ここに来たのは血の楔を行うためだ。
この街の住人になり、傭兵団に入るためには、この街での決まりを守ってもらう必要がある。
そして、そのために導入することにしたのが血の楔だ。
それを儀式として受けてもらうことが入団のための条件となる。
「つまり、その儀式を受けると我々の体に戒めが課せられるということになるのですか?」
「そういうこと。この街で生活する上での決まりと、傭兵団に入るためには傭兵としての決まりも守ってもらうことになる。そのための条件というのが、ここに書き出してある。これらを読み、十分に理解したうえで納得できる者はこの教会に入って儀式を受けてくれ。もちろん、そんな条件には納得できないというのであれば、ここで引き返してくれてもかまわないよ」
「では、もう一つお聞きしたいことが。よろしいですか?」
「なに?」
「その決まりを破った際には体に痛みが走るとありますが、死んでしまうのでしょうか? これは単純な疑問なのですが、もし自分がその気がなくとも誤って規則を守れなかった際に命を落とすようなのであれば、そのような儀式はさすがに受けられないと思うのですが」
「大丈夫だ。死にはしないよ。心臓が一時的に虚血状態に陥るだけだから。死ぬほど痛いけどすぐに戻るよ」
「……一度入団した後に抜けることは可能で?」
「あー、どうだろう? そういえばその辺のことをどうするか考えてなかったかな。いや、でも難しいな。少なくともこの場で後々バルカ傭兵団を抜けようと考えているんなら入るのはやめたほうがいいよ。そんな奴、いらないし」
しまったな。
みんなの意見を出し合って決めた血の楔の条件だけど、思わぬ手落ちがあった。
一度した血の契約はあとで解除できるかどうか、か。
ほとんど運命共同体みたいになっているエルビスやほかの者たち、そして俺にもそういう発想がなかった。
さっそくこの制度に穴が見つかったわけだけど大丈夫なんだろうか。
ただ、そのことはさらりと流すことにした。
いやなら入るな。
これでいこう。
血の契約はこちらの意のままに相手を操るわけではなく、事前の条件を破った場合に発動するものだ。
あとからその条件が勝手に書き換わるわけではない。
今ここに列挙して見せている条件は無理難題というわけではなく、おおよそ常識的な範囲内だと言えるはずだ。
まあ、あとから条件を置き換えられるかどうかなんてこの場でこいつらに判断つくものでもないのだけれど。
結局のところ、俺を信じられるかどうか、バルカ傭兵団を信用するかどうかにかかっている。
どうやら、数人はこの条件と儀式の話を聞いて入団をためらったようだ。
その者たちが辞退を申し出るので、きちんと送り返した。
だが、多くはこんないかにも怪しい儀式を持ち出した傭兵団に入る意志があるようだ。
さっきから俺に質問していた傭兵も残っている。
そんなやる気満々な連中に改めて入団の意志を確認してから、俺はそいつらを教会へと入れたのだった。
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