血の楔
「……ふむ。来年の春までに新しい傭兵たちの訓練をする、と。それはなかなかに時間がないですね」
「訓練の鬼とか言われているエルビスでも難しいかな?」
「いやいや、自分なんて全然鬼ではないですよ。バイト様の訓練のほうがよっぽどきつかったくらいですから。ですが、そうですね。時間的な余裕は全く足りないと思います」
オリエント国でバナージからバルカ村を新バルカ街へと作り変えるための許可をもぎ取ってきた。
そして、そのことを伝えるために一度バルカ村へと戻ってきた俺は、軍事演習のことについても説明を行った。
だが、それを聞いてエルビスが言う。
時間が圧倒的に足りないと。
「今はまだ秋にもなっていないでしょ。で、いまからでも受け入れられるだけの人数を急いで集めて訓練するっていうのはだめなのかな?」
「それは難しいですよ、アルフォンス様。おそらく、手が回りません。ただでさえ新人の教育には時間がかかるものなのです。それなのに今はこのバルカ村の工事に傭兵たちを使っているんですよ。工事をしながら魔道具を作ってお金を稼いで移住者の受け入れ準備をしているんです。とても新人を相手にする余力なんてないですよ」
どうしても難しいか、という俺の言葉にエルビスが正論をぶつけてくる。
だよねえ。
もしかしたら、受け入れ準備さえ終わっていればそれなりの格好がつく訓練ができたかもしれない。
だけど、今は訓練の鬼と呼ばれることすらあるエルビスも工事現場の監督をしてくれているんだ。
どう考えても手が回らないのは明白だった。
「ですが、それくらいアルフォンス様もバナージ殿の話を聞いたときにわかっていたのではないのですか? もしかして、なにか策があるのでは?」
「まあね。一応考えはあるんだ。ただ、ね……」
「……ただ、というのは? 何かあるのですか?」
「うーん。まあ、エルビスならいいかな。わざわざここまで俺についてきてくれてるエルビスにだけは信頼しているから言おう。俺が考えているやり方なんだけど、ちょっとなんというかこう、人には言いにくい、印象の悪い方法をやってみようかなって思っているんだよ」
エルビスの言うとおり、時間が足りないことは俺ももちろんわかっている。
今、バルカ村は傭兵どころか女性陣や子どもたちにも手伝ってもらって、いろんなところで工事をしている。
こんな状況で新たな人間を受け入れて、俺の統率のもとでまとまった傭兵団を作り上げるのは難しい。
そんなことは百も承知だった。
だが、それでも俺はバナージとの話し合いでそれを受け入れ、できるといった。
それは、実現できる方法があったからだ。
ただ、その方法というのが人には言いにくいものだというのが問題だった。
俺が言いにくそうにそんなことを言っていると、エルビスが答える。
「大丈夫です。アルス様やバイト様の下にいるときから、バルカ兄弟と呼ばれる方々がとんでもないことを急に言い出すのは慣れていますから。それよりも、私のことをそのように信頼してくれているというアルフォンス様のその言葉だけで私は天にも召される思いです。どのようなお考えでもかまいません。どうぞ、気兼ねなくアルフォンス様の考えを私にお教えください」
「ありがとう、エルビス。じゃあ、言うよ。傭兵団、というかこれから作っていく新バルカ街の住民全員に対してなんだけど、決まりを守らなければ強制的に罰を与える仕組みを作ろうかなって思うんだ」
「……いいのではないですか? そのくらい普通なのではないかと。この街における法律のような感じということですよね?」
「違う。いや、決まりってのは法律ってことでいいかもしれない。けど、問題は罰を与えるやり方について、かな。決まりを守らなかったら、その瞬間に心臓を鷲掴みにされるような痛みを与えるとか、そんな肉体的な方法をとろうと思うんだ」
「心臓を? よくわかりません。どうやるおつもりなのですか?」
「新しい街の移住者の体に俺の血を埋め込む」
「……血を?」
「そうだ。俺の血は特殊だからね。鮮血兵ノルンは俺の血をもとにして生み出され、独立して動いている。これを利用しようと思うんだ。具体的には、移住者の体の中に俺の血を入れて、決まりを守らなければ心臓の動きに干渉する」
「そんなことができるのですか?」
「できる。実は今までにもミーの体で試してたことがあるんだ」
傭兵たちを短期間で統率する。
それを実現するためには、なんと言ってもこちらの言うことを聞くようにするのが肝心だ。
そして、そのための方法が俺にはある。
エルビスに説明した方法。
それは、言い換えると移住者の体の中にノルンを入れる、ということでもあった。
発想自体は前からあった。
きっかけはミーティアとハンナの関係だ。
獣人との混血の先祖返りであるミーティアはその血の影響で体に不調が出た。
そして、そのための解決策としてミーティアの血とハンナの血を入れ替えるという方法をとっている。
その結果、ハンナはミーティアの血の影響からか、炎を使うことができるようになっていた。
その話を聞いた時に思ったのだ。
じゃあ、ハンナやミーティアに対して俺の血を入れたらどうなるのだろうか、と。
ノルンに確認するとできなくはないらしい。
どうも、俺の血の型は他人の血と混ぜ合わせても固まりにくいので、人の体に俺の血を入れることはできるのだそうだ。
そして、実際に試してみたことがあった。
といっても、ハンナたちのように全身の血を総入れ替えするわけにもいかない。
ミーティアの体に対して、俺の血を少しだけ入れる。
その結果、ミーティアが新しい魔術に目覚めるということはなかったのだが、しかし、新たな発見があった。
それは俺の血が他人の体に干渉できる、というものだった。
いや、ちょっと違うか。
俺というよりも、俺の血に含まれるノルンが血を入れられた人に作用するのだろう。
その後も、ミーティアの協力のもと、ある一つの魔術が完成していた。
血の楔。
俺の血を相手の体に埋め込む魔術だ。
それによって、俺の血が対象者の心臓を締め付けることができる。
つまり、相手の心臓を文字通り握ることができる魔術がある、ということになる。
「ほほう。そうなのですか。いままで全然知りませんでしたよ、そんなものがあるとは」
「いやー、さすがにね。なんか言いづらくてね。エルビスだっていやでしょ。常に他人に心臓を握られているなんてさ」
「いえ、そんなことはありません。血の楔、ですか。いいではないですか。このバルカ村はすべてアルフォンス様のものなのです。そこに住む以上、アルフォンス様に従うのは当然のこと。血の楔を受けられないのであれば、ここに住まなければいいだけの話です。ぜひ、その力を使いましょう」
いいんだろうか。
やっぱり、この血の楔というのはあまり印象のいい魔術だとは自分では思えない。
が、エルビスは全肯定してくれた。
だったらいいんだろうか。
ま、いっか。
エルビスの言うとおり、嫌ならここに住まなければいいだけなんだしね。
こうして、エルビスに相談したことで、俺の悩みは消滅した。
これにより、今後、新バルカ街に住むことになる者には全員俺の血が強制的に埋め込まれることが決定したのだった。
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