移動砲台
「行くぞ、ワルキューレ。突っ込め」
「キュキュー」
真っ赤なヴァルキリーたる、俺の使役獣のワルキューレ。
そのワルキューレの背中に乗った状態で、俺は相手の軍に近寄っていく。
ワルキューレにとっては初めての実戦だが、あんまり怖がることもなく、武器を持つ集団に向かって突撃してくれている。
そんな俺とワルキューレに向かって弓矢の雨が降ってきた。
何本ではなく、何十、あるいは百を超えるのではないかと思うくらいの数の矢が天から降り注ぐ。
本来ならば、それを避けなければいけない。
が、かまわず突っ込む。
「守れ、ノルン」
(おいおい、人使いが荒いな)
「いや、お前は魔剣だろ。いつから人になったつもりだったんだ」
そんな降り注ぐ弓矢が俺やワルキューレに当たることはなかった。
それはノルンのおかげだ。
赤黒い魔石と俺の血を使ってできる鮮血兵ノルン。
普段は鎧姿をしていることが多いそのノルンが、今は盾となっている。
人型には限らず、ヴァルキリーの姿をすることもできるノルンの形状変化は、だんだんとその幅を広げていた。
今回は、ワルキューレの体からまるで傘のように広がって迫りくる矢の到来を防いでくれている。
オリエント国の土地へと侵入してきた国の軍。
いくつかの村を攻撃した相手に対して、それを迎撃に向かった先での戦闘。
ところどころに見えているのはレンガの壁だ。
あれは多分、【壁建築】で作ったものではないだろうか。
どうやら向こうには魔法を使える連中がいるらしい。
【壁建築】で作った壁の後ろに陣取って弓を放ってくる相手の軍。
事前にオリエント国が軍を動かして近づいてきていることを知っていたのだろう。
準備を整えていたということだ。
高さ十メートルはある壁の向こう側の相手からの弓矢の攻撃を防ぎつつ、こちらも反撃に出た。
「流星、放つぞ。相手の混乱に乗じて、突っ込むぞ」
ワルキューレにまたがった状態で俺が叫ぶ。
その合図とともにノルンの防御が解かれた。
そして、ワルキューレの背中の上で俺は柔魔木の弓に魔力を注いで、力いっぱい引き絞った。
かつて、グルーガリアという国で手に入れた特殊な弓と、流星と呼ばれた魔術。
それを発動する。
通常であれば弦を引くことすら難しい柔魔木の弓が、送り込んだ魔力に反応して柔らかくなり、それを限界まで引いて弓を放つ。
その際、弓矢そのものにも大量の魔力を加えていた。
俺の指から矢が放たれる。
それは天に向かって突き進み、そして、あるところで軌道を変えて地面に向かっていった。
その飛距離はかなりのもので、そして、高さも十分にあった。
【壁建築】によって作られた壁を悠々と越えて、その向こう側へと届きうる攻撃だ。
ズドン。
そんな音とともに、大地が震えた。
たった一撃。
それだけで、壁の向こうにいる軍に大きな被害が出たようだ。
とはいえ、こちらもかなり消耗する。
流星を放った俺も体力を奪い取られたかのように、体に力が入らなくなってしまった。
「キュウ?」
「だいじょうぶだよ、ワルキューレ。イアン、後は頼んだ」
「了解した。全員で突撃する」
俺は流星を使ったことで、しばらく戦線離脱だ。
あとのことをイアンに任せた。
そして、そのイアンの後にほかの傭兵たちもついていき、流星の攻撃によって一部が崩れた壁を越えて攻撃を加えていく。
その後はアトモスの戦士イアンの存在が大きかった。
あっという間に戦局はこちらが有利になり、わずかな時間で戦闘は終了となった。
「お疲れ様です。いやー、さすがにすごいですね。前もそうでしたが、今回もバルカ傭兵団は大活躍でしたね」
「ゼンか。無事だったんだな。怪我はないか?」
「ええ、かすり傷くらいですよ。たいしたことありません。そっちの動きにあわせて動いていただけですしね」
「そっか。まあ、この後、バルカ村に来るんだろ? だったら、うちの衛生兵にその傷みてもらったらいいよ。簡単な手当てしかできないけどね」
「いいんですか。なら、遠慮なく」
相手の軍に損害を与えたことで、向こうは撤退を開始した。
それを追いかけるオリエント軍。
が、それはオリバが担当し、最初に戦ったバルカ傭兵団の仕事は終わりだった。
一息入れて休憩しているところに、ゼンが話しかけてくる。
どうやら、ゼンも傭兵組の一人としてバルカ傭兵団が切り開いた戦線をさらに拡大するために突入していたらしい。
そこそこ活躍できたようで、いい笑顔をしている。
無事で何より。
ただ、多少の傷があるようだ。
一応、衛生兵に【洗浄】できれいにさせてから傷薬を塗らせておいた。
「すごいですね。最初の攻撃とかもすごかったですけど、こんなよさげな薬を持ってきているんですか」
「まあね。聞いたことないか? バルカ村ではバルカ霊薬ってのを作っているんだよ」
「ああ、なんか最近聞きますね。評判だけは知ってます。自分には縁がないんでみたことないんですけど。けど、あれって傷薬じゃないですよね?」
「化粧品だね。けど、あれも人の体をよくする薬の一種だよ。で、最近はほかにも薬を作っていて、それを持ってきてるってわけだ。結構、効くはずだよ」
「へえ。その薬、あとで少し分けてもらえませんか。俺の仲間も戦場ではよく怪我をするんであると助かります」
「いいよ。特別に安く売ってあげるよ」
ゼンに言われて気が付いたが、薬は結構貴重なもののようだ。
傭兵たちは薬と呼べるようなものをあまり持っていない。
改めてほかの傭兵などを見てみると、よくわからない怪しげな軟膏を使っていたり、その辺で摘み取った薬草をつぶして塗ったりしている。
が、それって本当に効果があるんだろうか。
俺たちが使っている薬はきちんと効果があるのは証明されている。
なんせ塩草と同じように、バルカニアから持ってきた薬草を栽培してきちんと調合したものだからだ。
一応、これらはこちらでも効果を検証済みだ。
吸氷石の像を安置している教会のそばは冬でも寒さが軽減されるので、そこで薬草を育てているのでそれなりの量を確保できている。
意外とそういう薬も売れるかもしれないな。
ほかの傭兵たちの動きをみながら、新しい商売のタネを見つけた気がした。
そんな新たな発見もありつつ、今回の小競り合いの戦いも無事に終わり、オリバから報酬を受け取った後、ゼンを連れてバルカ村へと戻ることにしたのだった。
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