祭壇
「よし。祭壇を作ろう」
「祭壇ですか? それはいったいなんでしょうか、アルフォンス様?」
「ああ。エルビスには説明しておこうかな。実はエルビスに小国家群での名付けの広がり方を調べてもらっている間に、俺もいろいろと調べていたんだよ。といっても、アイに話を聞いていただけなんだけどね」
「アイ殿は一番の情報通ですから調べ物があるなら当然でしょうね。で、そのアイ殿から引き出した情報が祭壇というわけですか?」
「ああ。このバルカ村には神父がいないだろ。それをどうにかしようと思ってね。魔法を受け継ぐことができる継承の儀を、神父なしでもできる方法で導入しようと思う」
「へえ。そんなことができるんですか? 聞いたことがないですが、もしそれができるなら、教会関係者が怒り出しそうなものですが」
「だろうね。だから、極秘でやるんだよ」
継承権についての問題。
それを解決する方法として、俺が選んだのは祭壇を作るというものだった。
本来ならば聖光教会の神父などがいなければできない儀式を、教会の目の届かないこの地でこっそりとやってしまおうというたくらみだ。
やり方はこうだ。
このバルカ村に結婚式用に建てた教会がある。
その教会にはヴァルキリーにまたがったアルス兄さんの姿を象った吸氷石の像が安置されている。
この吸氷石の像が置いてある床に魔法陣を描き、そのうえで儀式を行うことで継承の儀をやってしまおうというものだ。
つまり、祭壇とは吸氷石の像と魔法陣の描かれた床を意味している。
「……え? ですが、継承の儀というのは教会関係者が秘匿しているのでは? 私も以前、妻のリュシカと結婚した時に継承の儀を受けましたが、魔法陣の全てを見れませんでしたよ」
「そうみたいだね。命名の儀は誰でも同じだけど、継承の儀は男女で違うって話だったからね」
教会で行う継承の儀。
それは、結婚する男女に対して行うものだ。
夫婦となる騎士以上の者に対して、教会が継承の儀を行うことで、その二人の間で生まれてきた男児には継承権が発生する。
だが、実際に継承の儀を受けた人間であっても、その魔法陣の全貌は分からないらしい。
というのも、男女それぞれに別の魔法陣を使って儀式を行っているからだそうだ。
たとえば、エルビスの場合だと結婚式のときにエルビスだけが別室に呼ばれて男性用の魔法陣で継承の儀を受ける。
そして、妻であるリュシカはエルビスとは分かれて別室へと呼ばれて女性用の魔法陣を使っての儀式を行うのだ。
つまり、男性側だけが魔法陣を探ろうとしても対となるもう一つの魔法陣を知る機会がないということになるらしい。
そうでなくとも、魔法陣は複雑な模様が組み合わさっているので、一目見るだけで覚えるのは難しい。
そのため、今まで継承の儀は教会が独占していたのだ。
「もしかして、アルス様ですか? 神の盾でもあるアルス様は教会関係者だけが使える魔法が使えます。命名の儀で使っていた魔法陣を【命名】という呪文にして外部に漏らしていますし、継承の儀の魔法陣も情報流出させたとか?」
「いや、今回は違うみたいだね。アイが独自に情報を入手したみたいだ」
「アイ殿がですか? アイ殿が魔法陣を観る機会があったということですかね?」
「ああ、そうだ。なんか、最近は教会にアイを貸し出しているらしいよ」
「へえ、そうなのですか。まあ、アイ殿も神の巫女と呼ばれたりしていますし、そういうこともあるのですかね」
「いや、ちょっと違うみたいだけどね。どうも、バルカ銀行の受付業務を教会でもするって話になったみたいなんだ。で、フォンターナ連合王国内の各地の教会に何体ものアイが派遣されたんだ。そして、その教会のうちの一つがやっちゃったんだってさ。継承の儀の場面にアイを同室させたそうだ」
「ははあ。それはそれは、大目玉を食らいそうですね。なるほど、それで秘匿されていた継承のための魔法陣の情報が、アイ殿に把握されてしまったということですか」
「そういうこと。実はもう、その情報は禁則事項に該当するようになって閲覧禁止になっているらしいんだけどね。俺が話を聞いていたときたまたま魔法陣の情報が得られたんだ。閲覧禁止になる前に偶然知れたってことだね。で、すでにそれはここに書き写している」
「お見事です、アルフォンス様。ということは、この東方でも継承の儀が使えるということですか」
「ああ。暗号化した魔法陣を床に描く。で、その上にレンガを敷き詰めて魔法陣を見えなくしてしまおう。そして、儀式を行うときには上にある吸氷石の像に魔力を送ることで、像とつながった隠れた魔法陣が発動して継承の儀ができるようにしようと思うんだ」
「いいと思います。では、口の堅いものに作業をさせましょう」
「うん。お願いね、エルビス」
利用できるものは何でも利用してしまおう。
継承の儀の魔法陣はかなり複雑で、魔力を使っての再現は大変そうだった。
その魔法陣を俺が自分の魔力を使って描けるようにしようかとも思ったのだが、俺がいないと使えないというのもちょっと不便だ。
かといって、呪文化するのもほかの人が使えることになるので、できればうちで独占しておきたい。
というわけで、設置型の魔法陣として利用することにした。
バルカ村に建てたばかりの教会を再度工事しなおしていく。
床を特殊なつくりにして、レンガと魔石を使って暗号化した魔法陣を描き、それを隠す。
そして、儀式を行うときにはあたかも吸氷石の像こそが継承の儀のために必要なものであるかのようにしてみた。
それが祭壇だ。
エルビスの指揮のもと、その工事は人に見られることなく終えた。
その結果、バルカ村では東方で唯一、魔法や魔力を継承できる祭壇が誕生したのだった。
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