騎士叙任
「おい、アルス。本当に大丈夫なんだろうな。向こうについた途端に取り囲まれて殺されたりしないだろうな」
「なんだよ、ビビってんのか、バイト兄」
「うっせー。ビビってるわけ無いだろ。つーか、いきなり停戦するなんて聞かされたらホントかどうかと思うじゃねえか」
「まあな。ま、なにかあったときは速攻で逃げられるようにしとくか」
俺達は今、フォンターナの街へとやって来ていた。
パウロ司教を通しての貴族家当主との交渉により、秘密裏に停戦が合意されている。
だが、それはあくまでも非公式での話だ。
今回はそれを公式に行う必要がある。
なんといっても、俺がただの停戦ではなく、フォンターナの一員として加わることにもなるからだ。
そのために、川北に築いた城を父さんたちに任せて、バイト兄やバルガスなどと少数で街までやって来た。
ここで正式に手続きをかわせば、俺は晴れて無実となり、安心して眠れる夜を手に入れることができることになる。
バイト兄の心配もわかるがようやくもとの生活に戻れるかとも思うと、少しホッとしたところもある。
そんな俺達がやって来たのは街にある教会だった。
村にあるのとは段違いの大きさの教会でパウロ司教が先日取り決めた停戦条約を読み上げて、双方がそれに同意する。
そうして、最後の段階へと進んだ。
「アルス・バルカ、前へ」
「はい」
「汝はこれよりカルロス・ド・フォンターナに仕え、かのものを支えることを誓いますか?」
「はい、誓います」
「カルロス・ド・フォンターナ、前へ。アルス・バルカを騎士として叙任し、ときに力を合わせ、ときに肩を並べて戦い、民を守ると誓いますか」
「ああ、誓おう」
「では誓いの証を」
俺がカルロスの前に片膝をつけるようにしてしゃがんでいると、カルロスが腰に吊るしていた剣を引き抜いた。
あれは氷精剣だろう。
頭を少し下げた状態にしているので直接見ることはできないが、キラリと放った光り輝くような剣身は先の戦いでみた氷精剣の輝きと同じように思う。
すっごい怖い。
目の前に剣を持っている人がいる状態というのは。
だが、その剣が俺の体を傷つけることはなかった。
カルロスが手に持った剣を俺の肩にポンと当てるように動かす。
「アルス・バルカ。我は汝を騎士として叙任し、名を授ける。これより汝の名はアルス・フォン・バルカだ。フォンターナの騎士としてこれからの働きぶりに期待している」
きた。
今回の停戦合意と同時に俺がカルロスの下につくという意味がこの名付けにあった。
カルロスが戦闘行為の真っ最中にある俺と停戦し、かつ、配下にまで加えようとした理由。
それはパウロ司教の位階が上がるほどの魔力パスの恩恵があるからだった。
貴族は魔法を授けるために名付けを行う代わりにその配下たちから魔力の供給を受けるという恩恵がある。
この魔力パスを受けるために、トップに位置する貴族の当主は領地で一番魔力を持つ存在となり得るのだ。
魔力が多いというのはそれだけでも脅威だ。
魔法を使う回数が増えるだけではなく、肉体面でも強化しやすく、単純に殴り合いをしても強い。
この世界では魔力をあげて物理で殴る、というのが割と平気で行われているのだ。
カルロスが俺に目をつけたのは、レイモンド一派の残党からの圧力をはねのけるために力をつける事にあった。
幼い頃に当主となり、領地のことはすべてレイモンドが取り仕切っていたため、フォンターナ家での魔力のピラミッドはレイモンド一派に集中するように構築されてしまっていた。
だからこそ、対立中であった俺の魔力を取り込んで自分の力を増すという、思い切った選択をカルロスがとったのだった。
そして、その魔力パスがカルロスにつながったということは、俺もまた恩恵を受けたことにほかならない。
俺がいくら頑張っても使うことができなかった土系統以外の魔法。
フォンターナ家が持つ氷の魔法。
新たな魔法が俺に、そして、俺を通してバルカ勢へともたらされたのだった。
※ ※ ※
「お疲れ様でござる、アルス殿。これでアルス殿も一国一城の主ということでござるな」
「あー、そうかもな。実際に城もあることだし」
結局、街では俺達に危害を加えようとするものはなく、平穏無事に停戦合意と叙任式も終わりを告げた。
俺は今、川北の城へと戻ってきている。
塔の一つに登ってグランと話しているところだ。
「それで、バルカ村とリンダ村、それにこの城までを領地としてもらった感想はいかがでござるか?」
「悪くないかな。思った以上にこっちの条件が良かったと思うよ」
基本的に戦場で武功をたてたものを従士として取り立て、さらにそこから騎士として引き上げたとしても領地持ちにはなかなかなれないらしい。
それこそ、騎士の中でも一部のものだけが領地を与えられるくらいなのだそうだ。
だが、今回の戦いでの結果、俺は村2つと城を一つ手に入れることになった。
当初はバルカ村の統治を任せると言われたのだが、俺がごねた結果だった。
せっかく造った城が惜しい、というのもあるが、バルガスなどの人材も手放したくなかったこともある。
なんだかんだと押し問答がありつつも、俺の主張が通ったことになる。
「それで、アルス殿はこれからどうするのでござるか?」
「どうするって?」
「村2つとはいえ、土地を統治するというのは男のロマンの一つでござろう。なにかやってみたいことでもあるのではござろう」
「うーん、やってみたいことっていうよりやらなきゃいけないことがあるかもな」
「やらねばならんことでござるか?」
「ああ、金を稼ごう」
ロマンなどクソくらえだ。
俺がいち早く取り組まなければならないのはロマンを語ることではない。
パウロ司教に支払ってすっからかんになった俺の財布事情。
今すぐ財政破綻を引き起こしかねない経済事情の回復を急がねばならない。
こうして、領地持ちになった俺はお金稼ぎに邁進することになったのだった。
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