娼館にて
「ローラ、君に身請けのお話が来ています」
「まあ、身請けですか? どちらのお方でしょうか? 議会関係のお人ですか?」
「違います。傭兵ですよ」
「傭兵? 私、傭兵の方と最近特別に親しくお仕事をしていた記憶はないのですけれど」
オリエント国の中にある娼館。
お仕事が始まるのは基本的には夕方以降です。
今はお昼で、私は軽い食事を済ませた後でした。
支配人が声をかけてきて、私に対する身請けのお話を持ってきたのです。
ですが、傭兵ですか。
普通、身請けのお話は娼館に日ごろ通い詰めて特に気になった相手に対して行うものです。
ですので、支配人に話が行く前に娼婦に対して「自分はあなたを身請けしたい」と意思を表明するものかと思います。
もちろん、それは夜のなんてことのない会話の一部で終わることもあります。
実際に、私も数名の方からそういったお話を持ち掛けられているのは確かです。
しかし、その中に傭兵仕事をされている方はおりませんでした。
どういうことでしょう。
一度も仕事でお会いしたことがない人からの身請けのお話などは、とくにここの支配人は認めておらず、話を通すことがないものと思っていましたが。
「実は、この話は君だけではないのですよ。ローラ以外にもこの娼館から何名かの娼婦を身請けしていただく話になっています。そして、それは当館だけではありません。オリエント国にある娼館のほとんどで一斉に身請けの話が進んでいます」
「……本当ですか? そのようなことがあるのでしょうか」
「本当ですよ。しかも、この話は議会からの要請もあるのです。全娼館はこの話に対して前向きに検討するように、と」
「まあ。議会から、ですか。ですが、身請けのお話はそのように簡単には進めてよいものではないと思います。私たち娼婦にとっては一生にかかわることですので。いったい、どのようなお人なのでしょうか」
「八歳の子どもだそうです」
「……え?」
「オリエント国から百名もの娼婦を集めて、全員を身請けする。そんなとんでもないことを考えて実際に行おうとしているのは、アルフォンス・バルカという八歳の傭兵です。ローラも聞いたことがあるでしょう。あのバルカ傭兵団の団長で、バルカ霊薬を作った人でもあります」
驚きました。
まさか、子どもが娼婦を身請けするという話だとは夢にも思いませんでした。
道理で私の知らない身請け話だったわけです。
さすがに八歳のお客様をこの娼館でお迎えしたことはないのですから身請けの話に心当たりがないのも納得です。
ですが、あり得るのでしょうか?
八歳の子どもが百名もの女性を身請けするというではありませんか。
英雄色を好む、とは言いますがさすがにその年齢でそのようなことを考える人はそういないでしょう。
しかし、この話はそのままとんとん拍子に進んでいきました。
議会からもかなりの圧力がかかっているようです。
自分で言うのもおかしいですが、私や私と同じように身請けのお話をいただいた娼婦は支配人たちにとっても手放したくはない存在のはずです。
この娼館にとっても今後の稼ぎを十分期待できるはずであり、また、特に格の高いお客様をお迎えする際に必要な教養を兼ね備えているという自負もあります。
そのほか、新たに入ってきた若い娼婦は私たちが教育を担っていくという面もあります。
仮にそのような高級娼婦の身請け話が決まったとしても、一人ひとりの期間を開けて調整するはず。
ですが、そのようなことはなく、皆一斉退職という形になりました。
よほどの事情があるのでしょう。
こうして、私は長年勤めた娼館を後にして、アルフォンス・バルカ様の住むバルカ村へと移り住むことになったのです。
※ ※ ※
「すごいですね。ここまで高級娼婦が一斉にそろう機会はそうそうないのではないでしょうか。壮観ですね」
「そのとおりですわね、ローラさん。ところで、アルフォンス様はまだおられないようですね。私、バルカ霊薬を開発したお方であると聞いて以前からずっと興味があったのですよ」
バルカ村へと行くことになった元高級娼婦が一堂に会する。
このような機会は議会での宴席などでくらいしか見ることはないのではないでしょうか。
皆、きらびやかな服を身にまとって優雅にお茶を飲んでいます。
私もゆっくりとくつろぎながら、元同僚にして私と同じく身請けされることになった人と一緒に待っていました。
そこへ部屋に入ってくる人がいました。
全員の顔がそちらに向いたのが分かりました。
それと同時に急に体が重くなります。
なんでしょう、これは。
今まで感じたことがない圧を感じています。
心臓が激しく脈打ち、わずかに呼吸が乱れる。
これまでたくさんのお客様のお相手をしてきましたが、このようなことを経験したことはありません。
ですが、あまりの緊張感に全身に力が入ってしまいます。
「初めまして、アルフォンス・バルカです。これからあなた方をバルカ村へとお送りします。名前を呼ばれたら返事をお願いします」
そこにいたのは少年でした。
金の髪と赤い瞳。
このオリエント国ではあまり見かけない異国の雰囲気を漂わせるその少年と初めて出会ったのでした。
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