暗黙の方法
「結婚相手?」
「そ。傭兵たちが結婚したいって言っているみたいなんだ。で、その相手はできればオリエント国に住んでいるような人がいいらしい。どうにかならないかな、クリスティナ?」
「うーん。霊峰の麓出身の人のところに嫁いでくる人ねえ。まあ、いなくはないけれど……」
「本当? いや、よかった。俺やエルビスじゃちょっとどうしようもなさそうだったからさ。クリスティナに相談できてよかったよ」
傭兵たちの結婚話について、あれこれと考えたが結局いい考えは浮かんでこなかった。
しばらくはうんうんと悩んだものの、どうにも考えがまとまらない。
というよりも、こういうのは俺やエルビスのようなフォンターナ連合王国出身の人間にとってはどうしようもない話だと思う。
人の結婚を取りまとめるような知り合いなんてものがここにはいないんだし。
そこで、エルビスから相談された俺はそれをそのままクリスティナに話した。
クリスティナは商人としての顔を持つので、人脈もあるし、そういう情報も持っているかと思ったからだ。
そして、どうやらそれは当たりだったようだ。
なんとかなりそうだと言ってくれた。
「いえ、ちょっと待って、アルフォンス君。考えがないわけじゃないけれど、そう簡単にできるものでもないの」
「そうなの? でも、方法自体はあるんだよね」
「ええ。一応ね。オリエント国に住む女性で、ここの男連中が満足する相手。そして、このバルカ村に嫁いできて、住んでくれる人。それは確かに心当たりがあるの」
「ならよかった。というか、よくそんな相手に心当たりがあったね?」
「実は、そういう話がないわけではないのよ。よその人間が都市国家であるオリエント国の女性を娶るという話はね」
お互いに向き合って座り、話を続ける。
傭兵たちが求める相手で、かつ、このバルカ村にとって都合のいい存在。
そんな人にクリスティナは確かに心当たりがあるらしい。
が、それはたまたま知っているというわけではなさそうだ。
「どういうこと?」
「以前、言ったでしょう? 都市国家はそこに住む人に市民権を与えているって」
「ああ、そうだったね。都市の中に住む人には一級市民とか二級市民とかがあって、行商人みたいな人は自由市民として街に入れるとかなんとか」
「そうよ。で、大金を持った商人がいたとするでしょう? そういう人はたいていこう考えるの。自由市民としてではなく、都市の中で生活できる二級以上の市民権が欲しいって」
「ふーん。そういう人もいるんだろうね。たしか、一級市民と二級市民だと議会への権利とかそういうのも違うって話だったし」
「そうよ。で、本来はそういう市民権っていうのは厳しく管理されているものなの。簡単には手に入らない仕組みになっているのよね。まあ、最近は例外もあるみたいだけど」
そういえば、国力が消耗したオリエント国は戦場で活躍した人に市民権を与えたりもしていたっけ?
貧民街に住む人は基本的には市民権が存在しない。
ゆえに、道に突っ立っているだけで殺されたとしても文句も言えなければ、財産権などもないというひどい扱いになっている。
が、そんな貧民街の連中でも戦場で兵士として活躍すると市民権が手に入る仕組みができている。
キクなんかはもともとは孤児の身でありながらも、いつかは戦場で手柄を立てて都市の中で生活することを夢見ていたはずだ。
「……そうか。もしかして、商人が二級市民以上になれる仕組みがあるのかな? それも、兵士として命を懸けて戦場にいかなくても手にする方法が」
「正解よ、アルフォンス君。通常であれば、商人というのはどれほどお金を積んでも自由市民としてしか認められないの。そりゃまあ、とんでもない金額を都市国家に納めれば、もしかしたらなんとかなるかもしれないけれど、そんなことができる商人なんてそうそういるものじゃないしね。でも、それなりの規模の商人がどうしても二級以上の市民権がほしいときはどうすると思う?」
「もしかしてそこで結婚の話が出るのかな? すでに市民権を持つ都市に住む誰かと結婚すると、商人にも市民権が認められるとか」
「そのとおりよ。で、そういうときに昔からよく行われてきた暗黙の了解があるの。それは、身請けよ」
「身請け? なにそれ?」
「娼館で仕事をしている女性の身柄を買い取ることよ。一種の救済措置みたいなものね。娼館にいる人ってまず間違いなく莫大な借金を負っているから。その人の借金と娼館が今後得るはずだった稼ぎの分だけの金額を積んで、娼婦の身柄を引き受けるの。妻としてね。で、娼婦のなかでも二級市民以上の人が相手だと、身請けしたそのお金持ちも市民権が認められる仕組みっていうのがあるのよ。身請けの代金の一部が税として国にも入るし、それだけのお金を持つ商人を国に取り込めるって利点もあるから」
「そんなのがあるんだ。っていうことは、クリスティナの考えっていうのはその身請けの仕組みを使って傭兵たちの結婚相手を探そうってことかな」
「そういうこと。一応合法的にオリエント国に住む女性と結婚できる方法がその身請けっていうわけ。まあ、その分、お金がかかるんだけどね」
「……もしかして、知り合いがいたりするの? 娼婦の中に」
「あら、よくわかったわね。そうなの。実は昔馴染みの子がオリエント国で娼婦として働いているのよ。できれば、その子も身請けしてほしいかな」
どうやら、クリスティナの知り合いもいるようだ。
そういえば、結構お金を稼いでいるはずのクリスティナだけど、あまりお金を使っている様子はなかった。
商人らしく貯めているのかと思っていたけれど、もしかしたら知り合いの娼婦の身請けをしようとでも考えていたのかもしれない。
身請けか。
結婚相手を探すのにお金で解決するっていうのもどうなんだと思わなくもない。
けれど、選択肢としてはありかもしれない。
クリスティナの話を聞いて、傭兵たちの結婚相手の候補にようやく見当がつくこととなったのだった。
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