ワルキューレ
「キュー」
赤い毛並みのヴァルキリーが鳴き声を上げながらお腹の下で卵を温めている。
自分で産み落とした卵を大事そうに抱えているのを見ると、本当に母親になったかのように見える。
まだ生まれてから十日くらいしか経っていないんだけどな……。
母性溢れるその姿を見ながら、俺はそんなことを考えてしまっていた。
どうやら、この赤いヴァルキリーは卵を産めるらしい。
そして、自分が産んだものはいきなり食べたりもしないみたいだ。
といっても、あれが使役獣の卵なのかどうかはよくわからないのだけれど。
もしかしたら、見た目は似ているだけで全然違うものなのかもしれない。
ただ、少なくとも現時点でわかっているのは、卵が魔力を吸って育っているということだろうか。
「どうしようかな。検証まで時間がかかりそうだ」
「そうですね。もしあれが使役獣の卵であった場合、アルフォンス様が再び孵化させようとした際には結果が分かるまでに二年はかかることになります。おそらく、あの赤いヴァルキリーが育てても同様に時間がかかる可能性があります」
「だよね。アルス兄さんは自分で孵化させる期間と白ヴァルキリーに孵化させる期間はだいたい同じだって言ってたはずだし。二年は長いな」
「ほかにも気になる点はあります」
「なに? どんなことが気になるんだ、アイ?」
「あの卵は赤いヴァルキリーが魔力を与えることできちんと孵化するのか。また、孵化した場合の形質はどのようになるのか。赤いヴァルキリーと同じであるのかということですね。さらに、あの卵を再び産むことができるのかどうか。その場合、どの程度の期間と頻度で卵を産めるのか。考えるべき点は多数あるかと思います」
「そう言われればそうだな。そもそもの話として、なんで卵なんて産んでいるんだってのもあるけど、これからのことを考えるとアイが指摘した点は重要かもね。とくにほかにも卵を産んでくれるかどうかが大きいか」
「はい。もしも、使役獣の卵を増やせるのであれば、東方でも使役獣の数を増やすことができる可能性が出てきます」
「だね。ま、なんにしてもわからないことだらけだ。これから確認していくしかないだろうね」
現時点で結論はでそうにない。
ならば、あまり焦っても仕方ないだろう。
とりあえずは様子を見ていくしかないということになった。
「ねえねえ、アル様。この子に名前はつけないんですか?」
「ん、どうしたんだ、ミー? 名前をつけるって赤いヴァルキリーのことか?」
「はい。赤いヴァルキリーちゃんって呼びにくいです」
「そう、か。そう言われればそうかもしれないな。けど、名前か。なにかつけてもいいけど、いい名前とかあるかな?」
これから時間をかけて赤いヴァルキリーについて調べていこう。
そう考えているときに、ミーティアが重要なことを聞いてきた。
そういえば、確かに名前って付けていないな。
別にヴァルキリーって呼んでもそう困らないんだけど、赤と白が別物なのだったら違う名前を付けてもいいのかもしれない。
「あ、それならこんなのはどうですか」
「なにか思いついたのか、ハンナ?」
「はい。ワルキューレっていう名前はどうでしょう?」
「ワルキューレ? 別にいいけど、なんでだ?」
「えっと、そう聞かれると困るんですけど……。実は最初、ヴァルキリーって発音が難しかったのかミーがなかなか言えなかったんですよ。で、舌足らずな感じでずっとワルキリーとか、ワルキューリとか、そういう言い方をしていたりもしたんです。で、その中でワルキューレって呼んでいるのもあって、実は私、その名前がなんとなく気に入っていたんですよ」
「ああ、なるほど。ミーの言い間違いからってことか。わかった。それじゃあ、これからこの赤いヴァルキリーはワルキューレって呼ぶことにでもしようか」
「いいんですか?」
「別にいいよ。ミーもそれでいいか?」
「ワルキューレ! うん、いいです。ありがとう、アル様」
赤い個体に対しての名前。
それはハンナの案を採用してワルキューレということになった。
子どもの言い間違いから名前の案を採用するのもどうかとちょっと思ったが、ワルキューレ自身も別に嫌がっていなさそうだし、これでいいかと判断した。
実は意外とこういうことは多い。
フォンターナ連合王国とこの東方では言葉が違う。
たまに、俺が使う故郷の言葉をこっちの人間は聞き取りにくかったり、発音しにくかったりして別の言葉みたいになるときもあった。
今回もそれと同じようなものだと思おう。
「それじゃあ、ついでに名付けもしておこうか。命名、ワルキューレ。お前の名前はこれからワルキューレだ。よろしくな」
「キュー!」
そうして、俺は【命名】を使っての名付けを行った。
一応これでこいつも魔法が使えるようになる。
【飲水】や【洗浄】は便利だからあったほうがいいだろう。
すぐに飲み水を出してごくごく飲みながらも卵に寄り添うワルキューレ。
そのワルキューレのサラサラの毛並みを撫でながら、また卵を産んでくれよと俺は期待の眼差しを向けたのだった。
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