新年のあいさつ
「新年、あけましておめでとうございます、バナージ殿」
「おめでとうでござる、アルフォンス殿。いやー、あのバルカ霊薬はすごいでござるな。拙者の妻も喜んでいたでござるよ」
「さっそく使っているんですね。効果あるでしょう?」
「うむ。あれを使ってからご機嫌で助かっているでござる。ほかの議員たちも同じようなことを言っていたでござるよ」
年が明けた。
ガロード暦9年で、俺も今年で8歳になる。
新年のあいさつとしてオリエント国に住むバナージにあいさつに来ているが、この辺はフォンターナ連合王国と少し風習が違うようだ。
フォンターナ連合王国では新年を迎えると王や貴族に仕える騎士たちは、自らの主のもとへとはせ参じてあいさつに向かう。
が、この小国家群ではそういうことはあまりしないらしい。
別に俺の主というわけではないが、去年初めて新年のあいさつとして雇い主であるバナージのところに行ったら驚かれた。
この国では家族や親戚と一緒に数日間のんびり暮らすのが一般的なようだ。
ただ、あいさつに来たこと自体はすごく喜んでくれた。
多分、俺がバナージのことを身内のように大事に思っているととらえたんだろう。
年明けに食べるという普段とは少し違う、変わった料理の数々を重箱に詰めてそれをふるまってくれたのだ。
それもあって、今年もバナージの屋敷へと呼ばれ、年明け早々にあいさつへときたというわけだ。
一緒に料理を食べながら、いろんなことについて話をする。
その中で、バルカ霊薬の話も出た。
去年作り、売り始めた新しい化粧品。
それを俺は販売前に試供品として配ることにした。
最初は呪いを受けた家庭へと送って、今までのソーマ教国製の化粧品と比べても効果のあるものであると体感してもらうつもりだった。
が、それとは別にオリエント国の議員の家庭にも試供品を送ることにしたのだ。
せっかく伝手があるなら使ったほうがいいだろうという考えからだった。
オリエント国の議員というのは市民の中から選ばれるが、その誰もが国の中で有力であると認められている。
それは個人の実力であったり、その家の力であったりする。
そういうところとは仲良くしておいて損はないだろう。
ちなみに、試供品の送り先を議員へではなく、議員の奥さんや娘などにすることにしたのはクリスティナの意見からだった。
バルカ傭兵団はバナージの庇護をもとに、バナージとべったりの関係なので、議会の中では政敵に当たる者もいる。
そういう相手に俺が試供品としてものを送っても受け取ってもらえないかもしれない。
だが、送り先を議員本人ではなく家族の者にすることで、受け取ってもらえるようにしたというわけだ。
たいていの家庭で奥さんの意見というのは結構大きい力を持つらしい。
これもちょっと意外だった。
フォンターナ連合王国では、どちらかというと女性の意見は低く見られがちだからだ。
多分、それは単純に力の強さが関係しているのだと思う。
教会による継承の仕組みとして、当主の力を継ぐことができるのは男児に限られているからだ。
どうしても男が意見を通しやすくなる。
だが、東方では継承の儀のような仕組みはない。
男性と女性、両方が魔力量が多いほど、次世代も高い魔力を持つということを利用して婚姻関係を結ぶこともある。
そのため、女性側のほうが力が上であることもあるようだ。
議員の中には奥さんに頭が上がらないという人もそれなりの割合でいるのだという。
そういうことなら、これからはちょくちょく女性向けの贈り物でもしていこうかな。
バルカ傭兵団はまだまだこの国からしたらよそ者の集団だろうし、ちょっとでもいい印象を与えるようにしておこう。
「それにしても、ガリウス殿の腕は相変わらず見事なものでござるな」
「バルカ霊薬の容器も結構いい出来でしょ? こっちの意見も取り入れつつ、この国に合う意匠を考えてくれたんですよ」
「霊峰の向こうにあるアルフォンス殿の故郷の国。我々の知らない神秘に包まれた世界を表現しているかのようでござるな。しかし、その細部までこだわった容器をこれほどの数を作り出すのもまたすごいのでござるよ。今頃、ガリウス殿はガラス容器づくりで忙殺されているのではござらんか?」
「そうでもないですよ。バルカ村ではガリウスの指導の下でみんなが協力してものを作っているので」
「ほう。ガリウス殿自身ではなく、他の者たちに作らせてこれほどの品質に仕上げているのでござるか。ふーむ。なかなかどうしてバルカ村の職人たちの腕も馬鹿にできないでござるな。ガリウス殿が育てているのでござるかな?」
バナージとの会話の中ではガリウスの話も出てくることが多い。
年齢的にはガリウスのほうが一回り以上年上だ。
グランにあこがれていたというバナージにとっては、グランと同世代で同じように活躍していたガリウスもあこがれの人だったようだ。
ガリウスが娘の治療のために財貨をすべて失うほどになったときにも支援を申し出たことがあったらしい。
ただ、ガリウスが貧民街へと住居を移して以降はガリウスのほうから関係を切ったようだ。
多分、議員にまでなったバナージに迷惑をかけたくないという思いでもあったのだろう。
だが、それでもガリウスのことを心配していたバナージは、今ガリウスが俺のもとで再び活動を始めたことを喜んでくれていた。
それに、今までバルカ村で作っていた魔道具の数々が一気に品質が上がったのもうれしいのだろう。
それまでの素人工作同然だったものから、数段飛ばしで技術力が向上しているのを見てすごく驚いていた。
その後も、バナージとはいろんな話をつづけた。
そんなふうに新たな年も比較的のんびりした雰囲気の中で始まったのだった。
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