村という名の工房
「どうだ、ガリウス。結構いい出来なんじゃないか?」
「うーむ。悪くはない。ないのでござるが、ちょっと思うところがないわけでもないでござるな」
ガリウスがバルカ村にやってきて、早くも数か月が経過した。
その間、孤児たちもよくなじんでいる。
しっかりと食べて、よく寝て、体を動かしているからか、全員元気だ。
そんな孤児連中や、バルカニアからやってきた傭兵たちにも俺が名付けをしたことで、バルカ村では全員が【見稽古】を使えるようになっている。
その【見稽古】を使って、ガリウスの講義・実演が毎日のように行われていた。
まず、一番最初にやったのは陶器づくりだった。
近くの土地でとれる陶器用の土と硬化レンガを砕いたものを混ぜ合わせて土鍋などを作る。
お米を炊く土鍋型の魔道具はこれまでも作っていたが、いよいよその品質を向上させる時が来たのだ。
ガリウスが手際よく作り上げる陶器を全員が「見稽古」とつぶやいてから観察する。
多くの者に見守られながら作るという異様な光景の中でも、ガリウスの手は狂うこともなく見事な土鍋をあっという間に作り上げてしまった。
そして、それを【見稽古】という魔法で覚えた者たちが、いざ自分でも実際にやってみる。
それはうまくいっていた。
が、完璧とも言えなかったようだ。
少なくとも職人であるガリウスは不満があるという。
「悪くないんなら問題ないんじゃないのか?」
「出来上がった品自体は、まあそうなのでござるがな。しかし、これらは高く評価される作品とは言えぬものでござるよ」
「どういうこと? ガリウスの作ったものは、俺から見たらどれもいいものばかりに見えるけど」
「もちろん、拙者の作った作品はそうでござる。貧民街という場所にはいたでござるが、腕自体は落ちているわけではないと自負しているのでござる。拙者が言いたいのは、傭兵たちが作った品のことでござるよ。どれも、それなりにいい。けれど、拙者の猿真似の域を出ていないのでござる」
「そりゃ、【見稽古】で真似したんだからそうでしょ」
「そうなのでござるが、違うのでござる。いいでござるか。よく聞くでござるよ、アルフォンス殿。拙者のような職人というのは土鍋を作るとき、何も考えずに作るわけではないのでござる。手にした土と硬化レンガをどのような配合で混ぜ合わせるか、土の状態とその日の気温、湿度、水の状態、あるいは窯の状態など、すべての要素を総合的に考えてから決めているのでござる。もちろん、その形もでござるな」
「ふむふむ。職人らしい意見だね」
「そうでござろう? その結果、出来上がった土鍋は拙者が作り始める前に想像したとおりの作品として生まれてきたのでござる。拙者だけが作れる唯一無二の作品として。が、【見稽古】で拙者の動きをまねした者たちの品はどうでござるか? 拙者の作った作品と似てはいるでござる。けれど、その質はどうしても落ちてしまっているのでござるよ」
「……なるほど。ようするに、手順だけを完璧に覚えているだけで、その過程で必要なものが抜け落ちているってことか。剣術の時と同じだね。型ができても、実戦では弱いって状態なのか」
「そのとおりでござる。【見稽古】は確かに技術の習得を早めてくれる効果があるのでござる。それは非常に素晴らしい。けれど、職人として本物になるためには一人ひとりがもっと考えてものづくりをしていく必要があるのでござるよ」
どうやら、ガリウスの意見というのは全員が何も考えずにガリウスの動きだけを真似して、形だけを整えた品が量産されたことに不満があるようだ。
職人として当然の考えなのだろう。
なぜなら、職人というのはなによりも個性や独創性を大切にするからだ。
いくら上手にものを作れたとしても、それが高く評価されるとは限らない。
職人はその人しか作れないと思わせることができて初めて一人前なのだ。
いうなれば、グランの作った硬牙剣みたいなものだろうか。
魔物のいないこのオリエント国であっても、目の肥えた知識のある者からならば硬牙剣はグランの作品であるとわかるらしい。
それは剣の作りなどにグランの作品の特徴が出ているからだ。
一目見て、それが誰によって作られたかわかることこそが、職人として大切なことなのかもしれない。
だが、傭兵たちや孤児たちが作った陶器にはそれがない。
ガリウスの作ったものに似せた品。
言ってみれば贋作だ。
ガリウスは目の前で自分の作品をもとにした大量の贋作を作り、見せられたような状態なのだろう。
どことなく気持ち悪さを感じているに違いない。
「けど、これでいいんだよ、ガリウス」
「うん? これでいいとはどういうことでござるか? このまま、【見稽古】だよりで拙者の猿真似だけをしていても造り手としての上達は見込めないでござるよ?」
「だから、その前提が間違っているってことだよ。べつに俺はこいつらに立派な造り手になってほしいわけじゃないし。あくまでも、バルカ村で作る魔道具の質を今よりも向上したいってだけだしね」
「たしかに、最初ここに拙者を連れてくるときにもそうは言っていたでござるが、それでいいのでござるか?」
「いいんだよ。というか、俺が生まれた国ではそんな感じで服を作っていたはずだしね。ドレスリーナっていう街でね。アルス兄さんの妻である王妃リリーナ様の名を冠したその街は、街全体で服作りをしているんだけど、そのほとんどが既製服なんだよ」
「既製服、でござるか?」
「そう。アルス兄さんとミームっていう頭のおかしい医者が人体の大きさの統計を取ったらしい。で、そこで得た体の大きさをいくつかの規格に分類して共通項をはじき出した。で、それぞれの大きさにあった服を作るようになったんだ。そこでは、一人の服職人が考えた意匠の服を、ほかの下職の人がそれぞれの大きさにあわせて大量に作るんだよ」
「……つまり、職人が一人で自分の仕事を完結させるのではなく、分業というわけでござるか。このバルカ村で言えば、魔道具の形の基本を考えるのが拙者の役目。それを作るのは【見稽古】で作り方を覚えた者たち。目的はほぼ同品質のものを量産することにある。その目的のためには個々人には職人としての個性や独創性は必要ない、と」
「そうだね。このバルカ村は村自体が一個の工房なんだよ。ガリウスが考えた作品をガリウス以外に作らせる。実際に作る者の個性はそんなに必要じゃない。言ってみれば、全員がガリウスの助手みたいなものなんだよ」
「……なるほど。それは面白い話でござるな、アルフォンス殿。そうか。つまり、拙者の仕事には監修も含まれる、というわけでござるな。ただ単に作り方を見せるだけではなく、配合比率や焼き入れの方法、見極め方までもを教えて、この村全体で拙者の作品を大量に作り上げる。面白い話でござるよ、これは。いかに腕のある職人であっても、自分の作品を短期間で大量に作り上げることは不可能。それが拙者にはできる可能性がある、というわけでござるな?」
「そういうこと。ようするに、ガリウスの仕事はここにいる連中に【見稽古】を使って教えることだけど、一流の職人として育てる必要はないってことだね。むしろ、手足として使って好きなように作品を作ってくれていいんだよ。まあ、どんな商品を作って売り出すかは、俺やクリスティーナの意見も取り入れてもらうことになるけどね」
俺の言葉を聞いて、ガリウスの顔つきが変わった。
それまでは知らない土地にやってきて、技術指導をするくらいのつもりだったのだろう。
ここに来たのはあくまでもマーロンの病気を治してもらったから。
多分、ガリウスのなかではそのくらいの気持ちだったのだと思う。
が、この村全体がガリウス監修の工房であるとわかったことで、やる気の度合いが上がったようだ。
まあ、もともとオリエント国では名の知れた職人で弟子という名の人手をそれなりに抱えていたんだろう。
その時の人員を軽く超える数と【見稽古】によって短期間で一定の質の作業を任せられる状況。
一人のときとはできる作業量が圧倒的に違う。
きっとやりたいことがたくさんあるんだろう。
この会話をして以降、ガリウスの指導熱は今まで以上になった。
このバルカ村を一個の工房として活用しつくすために、それまで以上に教えこんでいったことで、バルカ村の製品の質は急激に上昇していったのだった。
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