治すために
「ガリウス。お前の目的はなんだ?」
「うん? まだなにかあるでござるか、坊ちゃん」
「話はまだ終わりじゃないよ。ガリウスの話は確かに興味深かった。まさか、教国が関係しているとは思わなかったよ。だけど、ガリウスの目的はいまだに達成できていない。だってそうだろ。娘さんはキクもハンナも見たことがないんだよな?」
「はい。俺たちはガリウスのおっさんはずっと一人だと思っていました。娘は死んだって言っていて、実際に見たことがなかったです」
「……なにが言いたいのでござるか?」
「延命薬は病気の治療効果はないんじゃないの? あれは確か、戦場とかで致命傷を負った貴族を治療を受けさせるまでの時間を稼ぐために使われるものだって話を聞いたことがある。ガリウスが延命薬を教国から手に入れられるのだとしても、それだけじゃ娘さんは治療できないでしょ」
話を切り上げて、俺たちを見送ろうとしているガリウスに対して話を続行する。
そうだ。
延命薬は一時しのぎの薬だったはずだ。
いくら高価だと言えども、それだけでこの話は終わらない。
「……ソーマ教国は約束してくれたのでござる。娘の病気は不治の病とされている。けれど、それは現状では、であると。病気の研究が進んでそのための治療が今後出てくるはずでござる。そうしたら、延命させていた娘を治す。そう言ってくれているのでござるよ」
「それはいつになるんだ? ガリウスの娘は何年前に延命薬を使ったんだ? 本当にソーマ教国はその病気の研究なんてしているのか?」
「……やめて欲しいのでござる。わかっているでござるよ、そんなことは。自分でもいいように利用されているだけかもしれないと思うくらいの頭はあるでござる。けれど、それでもあの子を助けるためにはやるしかない。今更後には引けないのでござるよ」
俺の言葉を聞いて、ガリウスは一瞬だけ怒った顔を見せた。
だが、次の瞬間には悲しい、あきらめたような顔をする。
多分、そういうことなんだろう。
この貧民街に入り込んでいるソーマ教国の関係者はガリウスを利用している。
延命薬でつなぎ留められた娘の命と引き換えにすれば、どんなものでも作る最高の職人がいつでも使えるんだ。
むしろ、その関係を終わらせるようなことはしないんじゃないだろうか。
わざわざ病気の治療を研究しているとは思えなかった。
「お願いがある。延命薬を使ったその娘って今どこにいるんだ? 会わせてもらえないか、ガリウス?」
「娘に会いたい? どうしてでござるか。まさか、坊ちゃんはお医者様だったとでもいうでござるか? 正直、この話を聞かせたのは失敗だったでござる。できればもう帰ってほしいでござるよ」
「おじさん。そんなこと言わずに娘さんをアルフォンス様に会わせてもらえませんか? もしかしたら、アルフォンス様ならその心臓の病を治せるかもしれないんです」
「子どもに不治の病が治せるわけがないでござる。無理でござるよ、ハンナ」
「そんなことありません。私の妹のミーはアルフォンス様とノルン様に治してもらったんです。ミーも血の病気みたいなものを持っていたんです」
「……ミーは病気だったのか。知らなかったでござる。しかし、ノルンというのは? そんな人はこの場にはいないようでござるが……」
ハンナが説得するためにガリウスに話しかけた。
さすがに今日初めて会った俺が娘に会わせろというよりは、以前から知っているハンナの話のほうが聞きやすいのだろう。
ハンナの話に耳を傾けたガリウスが、ノルンというこの場にはいない者の名前に反応した。
それを見て、俺はすぐに動いた。
腰の魔法鞄から魔導迷宮で手に入れた赤黒い魔石を取り出す。
そして、その魔石に対して魔力とともに血を与える。
俺の体からズズズッと血が出ていく感触とともに、魔石が血を纏って形を成す。
「な、なんでござるか、それは?」
「鮮血兵ノルン。俺の血からできた意志ある戦士だ。こいつは生き物の血について詳しくてね。不治の病だっていう心臓の病気についてもわかるかもしれない」
「いや、それも気になるでござるがその鞄は? まさか、魔法鞄でござるか?」
「ん、そうだけどよくわかったね。鮮血兵よりも魔法鞄が気になるの?」
「ああ。さっきから気になってはいたでござるが、その鞄もグランの作ったものではないでござるか?」
「そうだよ。これもグランが作ったものだね。普通はフォンターナ家の抱える職人が魔法鞄を作っているんだけど、俺のはアルス兄さんからもらったお下がりなんだ。グラン作の容量の大きな特別製の魔法鞄だよ」
「信じられないでござる。魔法鞄は迷宮でのみ手に入れられるもののはず。しかも、迷宮内に残された鞄の容量が拡張されるのは何百年と時間がかかるはずでござる。なのに、グランの作った鞄が魔法鞄として機能しているのでござるか。いったいどうやっているでござる」
「バルカの技術力は世界一だからね。オリエント国よりも上かもしれないよ?」
「……魔物の素材を使った魔法剣。よくわからない血でできた鮮血兵。そして、本来途方もない時間がかかり人の手では作り出せないはずの魔法鞄ときたでござるか。わかったでござる。拙者の娘を見せよう。坊ちゃんを通してならあるいは不治の病について、なにか手掛かりを掴めるかもしれないのでござる。そうか。霊峰を越えた先の国はあのグランすらも魅了する未知の技術があったのでござるな」
どうやら、ガリウスは勝手に納得してくれたようだ。
今まで手を尽くしてもどうにもならなかった病気への対処法。
どうにもできなかったからこそ、延命薬を使って時間を稼ぐしかなかった。
だからこそ、新たに可能性が見いだせた東方の国々とは全く違う文明の世界に希望を見出したのだろう。
俺やノルンというよりは、霊峰を越えた先にある自分の全く知らない技術に娘を治す可能性を感じたようだ。
納得したガリウスが娘と会わせると言って、机をどかす。
そして、床にある木の板を押しのけると、そこには階段があった。
どうやら地下にも部屋があり、そこに延命薬を使った娘がいるみたいだ。
俺たちはその真っ暗な地下の部屋へと降りていったのだった。
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