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延命薬

「信じられないという顔をしているでござるな」


「まあ、ね。不治の病で死んだはずの娘が生きているって、どういうこと?」


 ボロボロの家の中。

 閉め切っているその建物は天井からぱらぱらと細かなほこりが落ちてきている。

 貧困街特有の淀んだ空気が家の中にも充満しているような感じだ。

 だが、その中で俺と向かい合って座るガリウスの顔はいたってまじめだった。

 けっして嘘を言っているのではなさそうだ。


「禁呪というのを知っているでござるか?」


「禁呪? 聞いたことはあるよ。確か、教国が使う魔法じゃなかったっけ?」


「魔法、あるいは魔術。いろんな言い方があるかもしれないでござる。神を信奉し、その神のもとに統治されているソーマ教国には禁断の呪術というものが伝えられているのでござるよ」


「アルフォンス様、禁呪ってなんですか?」


「うーん。俺も見たことはないんだけど、ブリリア魔導国の貴族院で習ったことはあるよ。ソーマ教国は神ソーマを祀っている。で、そのソーマに仕える巫女たちがいるんだ。その巫女たちには禁呪というものが伝わっているとか、そんな感じだったはず」


「そのとおりでござる。そして、その禁呪の中にはこんなものがあるのでござる。人の体を死なずに生き長らえさせるものでござるよ」


 本当なんだろうか?

 教国には確かに禁呪と呼ばれる魔法に似たなにかがあると言われている。

 そういう話は貴族院でも聞いた。

 だが、教国は意外と情報が外に漏れにくいようになっているらしい。


 ブリリア魔導国や帝国とともに、この東方では強国、あるいは大国と並び称されるソーマ教国。

 だが、帝国ほどには他国に侵攻をかけないらしい。

 なのに、帝国と対等とみなされているのにはもちろん理由がある。

 これまでに何度もあった帝国からの攻撃をことごとく跳ね返しているからだ。


 それも、かなりの戦力を投入して帝国が攻め入っても崩せなかった。

 だけではない。

 ソーマ教国を攻めるために領土に侵入した兵士はほとんどが死に、帰ってくることがなかった。

 が、例外的に帰還する者もいた。

 といっても、無事ではない。

 その多くは壊されていたという。

 心も体も壊されて廃人状態で発見されたらしい。


「まあ、世の中には何でも例外があるからね。廃人同然で見つかった者の中に、運よく回復する者もいたそうだ。で、そういう奴らの話を聞いて、総合的にまとめると、どうやらソーマ教国は禁呪と呼ばれる魔法を使うらしい」


「それって、魔法じゃないんですか? 何が違うんだろう」


「基本的には魔法や魔術っていうのは魔力だけで発現する。ブリリア魔導国やほかの国にも魔法じゃなくても魔術を使う奴はいる。貴族家の者とかで修業を重ねて独自の魔術を身に着けたやつとかだな」


「私みたいに火を出したり、とかですか?」


「そうだよ、ハンナ。魔術師ってのが貴族や騎士家の出身者にはいて、戦場で活躍している。けど、それと禁呪はちょっと違うらしい。もちろん、魔道具なんかともね」


「……ちょっと待つでござる。ハンナはなにか魔術を使えるようになったのでござるか? ハンナやミーの亡くなった両親のことを知っているでござるが、なんの変哲もない貧乏人だったでござるよ?」


「ハンナの努力の結果だね。とにかく、禁呪は魔力だけで成立するものではないらしい」


「いやはや、ちょっと見ない間にずいぶんと子どもたちが成長しているようでござるな。まあ、ともかくその坊ちゃんの言うとおりでござるよ。禁呪は発動する際に触媒を用いる。というよりも、その触媒こそが重要らしいのでござる。触媒という名の薬を使うようでござるな」


「薬を? つまり、おっさんはソーマ教国から薬を買ったってことなのか?」


「ま、そういうことでござる。拙者はソーマ教国で禁呪を用いられて作られた薬を買ったのでござる。死の淵にある娘を助けるために」


 ガリウスの話を聞いていて、思い出した。

 そういえば、ソーマ教国の不思議な薬の話でこんなものがあったのを思い出した。

 確か、延命薬というのがあったはずだ。

 致命傷を負って死にかけている人に対して使う薬だとかなんとか。

 どれだけ死にそうになっていても、延命薬が効いている間は生きている。

 そんな薬があったはずだ。

 あまり表には出ない薬で貴族院の人間でも手に入れられるかどうかわからない貴重なものだそうだ。

 恐ろしく高価な薬だというのをセシリーが言っていたように思う。


「……もしかして、この貧民街にいるのか?」


「え? なにがいるんですか、アルフォンス様?」


「ソーマ教国の連中だよ。不治の病に侵された娘を生き長らえさせることができる薬。それが間違いなく実在するとしても、ソーマ教国にはそうそう行けないだろ。行けるんならガリウスが向こうにとどまっていればいいわけだし。ってことは、この場所にはその薬を手に入れることができる者がいないとおかしいってことになるんじゃないのか?」


「……すごいでござるな、坊ちゃんは。本当に見た目通りの子どもではなさそうでござる。そのとおり。この貧民街にはソーマ教国の関係者がいるのでござるよ。拙者はその人物と接触して延命薬という薬を手に入れたのでござる」


「見返りはその技術力ってところかな? こんなところでならどんな品を持ち込まれるかもわからないけど、いろいろ危ないこともやってそうだね、ガリウス?」


「まあそんな感じでござるな。さて、拙者の話はこのくらいでござる。これ以上は子どもの立ち入る領分ではないでござるよ。これでわかったでござろう。拙者はこの貧民街を離れられないのでござる」


 そう言って話を締めくくろうとするガリウス。

 パンパンと手を叩いて、お前らは帰る時間だという雰囲気を出してくる。

 だが、まだ話は終わっていない。

 大国とも言われるソーマ教国からもその技術力を買われている人物であると知ったら、なおさらバルカ村に来てほしい。


 そう思った俺は、立ち上がってキクの背を押すガリウスに対して、もう一度話しかけたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 凄腕エンジニアと厄介事の両方抱え込むやつやん。寒いからと進んで火の粉を浴びに行くスタイル。
[一言] 治せるのに治してない可能性もありそうですね。 恩でしばるのも有効ですが、それだとやばいものは断られるかもしれないですし。
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