呪文の完成
「見稽古。……おお、ようやく呪文化したっぽいぞ、アイ」
「おめでとうございます、アルフォンス様」
「長かったー。【いただきます】の時は意識せずにいつの間にかできたからあれだったけど、自分から呪文を作ろうとしたら本当に大変なんだな」
【見稽古】の呪文がようやく完成した。
アイから剣以外の武器の扱いについて、改めて習いながらずっと見稽古を開始する前に「見稽古」とつぶやいていた。
この方法ならばきっと呪文が完成するはず。
そう思っていたからこそ、ずっとそれを続けられた。
だけど、呪文が完成するまで本当に時間がかかった。
年明けしてしばらくしてから始めた呪文づくりだが、今はもう夏前になってしまっている。
半年くらいかかったことになる。
ほかにもやることがあったりして、ちょくちょく中断が入っていたとはいえ、こんなに時間がかかるものだとは思わなかった。
というか、この方法で呪文が出来上がる、ということを知っていなかったら多分途中でやめていたんじゃないかと思う。
よくこんな気の長い作業をアルス兄さんは発見したな。
「アルス・バルカ様も最初は苦労されたという話をしていました。幼少期に呪文を作った際は、当時のバルカ村でずっとブツブツと呟いている変な子どもであると認識されていたようです」
「そんなちっさな時から変人扱いされていたんだね、アルス兄さんは」
「六歳の洗礼式の時点では複数の魔法を作り上げていたようですから。アルス・バルカ様を幼少時より知っている者はあの家の三男坊はおかしくなったのではないかと思ったと述懐しています」
さすがアルス兄さんだ。
初めて魔法を作ったのは五歳のときだったという話だし、とんでもない変わり者だったんだろう。
しかも、それで魔法の作り方を一から発明して、洗礼式までにはいくつも魔法を作っちゃうなんてすごすぎる。
だけど、俺だって負けてないはずだ。
こうして【見稽古】が作れたんだし、【いただきます】はそれより先にできていたんだしね。
「よし。それじゃ、【見稽古】の使い心地でも確認するか。どうだ、キク。【見稽古】って呪文が使えるか?」
「はい、アルフォンス様。ほんとにいきなり新しい呪文が使えるようになりました。急に頭の中に呪文名とその効果が理解できた感じです」
「うん。俺が名付けしたお前たちには、俺が新しい魔法を作ったらそれが使えるようになるからね。あとは、魔力量が増えればほかにも新しい魔法が使えるようになるはずだけど、それはいいか。とにかく、【見稽古】を使ってみてくれ」
「わかりました。アイ先生、剣の稽古、よろしくお願いします」
【見稽古】の呪文化作業をしている庭。
その庭で俺以外も体を動かしていた。
そこで稽古していたキクに新しい魔法を使ってもらうことにした。
キクはハンナたちと一緒に連れてきた孤児の一人だ。
あのときはほかの孤児ともめてボコボコにされたのか、ひどい怪我をしていた。
もうその時の傷はすっかりとよくなり、さらに体が大きくなっている。
キクはどうやらあの時のボコボコにされたことが忘れられないみたいだ。
ハンナたちの中では一番年長だったのもあるのかもしれない。
自分がもっと強かったら、負けることもなく、食べ物が手に入ったのにと思っているらしい。
だから、ここにきてからは強くなろうと頑張っている。
その分、勉強するのは嫌がって、たいてい庭で体を動かすから頭のほうはあんまりよくなさそうだけど。
「見稽古」
そのキクが練習用の剣を握って呪文を唱えた。
そして、アイが剣聖の使った剣術の動きをその体で再現する。
それをじっと集中して見続け、アイの動きが止まったのを確認してから今度はキク自身が動き始めた。
「お、いい感じだな。今までと全然動きが違うぞ、キク」
「ほ、本当ですね。これはすごいですよ、アルフォンス様。アイ先生の動きがめちゃくちゃよくわかって、しかも、同じ動きができる。今まで自分が訓練でやってたことがどれだけ無駄だったのかって思うくらいです」
「うん。けど、無駄ではないだろ。今まで動いていなかったら体に力もないし、動きの再現もできなかっただろうからね。キクがこれまで頑張ってきたことは意味があると思うよ」
「そ、そうですね。ありがとうございます、アルフォンス様。俺、これからもっと頑張ります。もっともっと、剣も槍も弓も、アイ先生に教えてもらって使いこなして見せますよ」
「おう、頑張ってくれよ。【見稽古】はあくまでも観察した動きを再現できるだけだからな。それを本当の意味で自分の力にするには、やっぱり訓練が必要だしね」
「わかりました。よーし、やるぞー!!」
どうやら、【見稽古】は無事に魔法になったみたいだ。
人の動きを観察して、その動きを自身の体で再現する。
俺が普段から訓練でしていたその行為をきちんと魔法に出きたみたいだ。
【見稽古】を使ったキクの体の動きは明らかによくなった。
というか、今までは孤児たちの訓練を見ていてもどかしかった。
アイが手本となる動きを見せても、全然そのとおりにできていなかったからだ。
実は以前、その訓練を俺が見ていて、つい思わず口を出したことがあった。
もっとあーしろ、こーしろと俺なりの意見を出したのだ。
俺としてはキクたちの訓練に良かれと思って言ったことだった。
けど、外野からあれこれ言われて、結局はキクたちを混乱させるだけに終わった。
あんまり下手に口出ししすぎるのもよくないみたいだと、その時初めて気が付いた。
それからはあんまりあれこれ言わないように気を付けて、向こうから聞いてきた時だけ教えるように切り替える、なんてことがあったのだ。
だけど、これからはそんなもどかしい思いもしなくなるかもしれない。
気になるところがあれば、俺が実演してやれば【見稽古】で理解できるようになるのだから。
ここ半年くらいブツブツつぶやいてばかりの生活だったから、一緒に訓練できるようになると思うと楽しみだ。
こうして、俺は自分の作った魔法の出来に納得し、思わず笑顔になってその後の訓練を張り切りすぎることになってしまったのだった。
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