位階
「よく気が付きましたね。そのとおりです。私の魔力量はアルス、あなたに名付けを行ってから格段に向上し続けているのですよ」
やはりそうか。
パウロ神父は毎年教会で名付けを行っているが、他の土地には別の教会があり、そこには当然他の神父もいることだろう。
ならば、毎年名付けをしてもその上昇ペースはある程度一定なのではないだろうか。
だが、そこに俺が現れた。
もしかすると、俺の魔力の質も関係しているのかもしれない。
普通の人の希薄な魔力と比べると、俺のはもっとドロドロと煮詰めた液体のようなかなり濃い魔力をしている。
だが、それだけがパウロ神父の急激な魔力量の上昇ではないだろう。
ヴァルキリーだ。
俺が使役獣として生み出し、名付けを行った存在。
使役獣のヴァルキリーは一度の名付けしか行ってはいない。
だが、その後に生まれてくるヴァルキリーすべてに魔法が使えていた。
ということはだ。
すべてのヴァルキリーは俺にとって親子関係があるのではないか。
もしそうだとすれば、俺という存在を通してヴァルキリーの魔力までもがパウロ神父に流れ込んでいるに違いない。
「数年前に私があなたに名付けを行って以降、ずっと魔力の上昇が止まりません。そうして、この度、私の位階が上がりました」
「え? なんですか。位階?」
「そうです。位階が上がったのです。その様子では、どうやらあなたは位階が上がるというのがどのようなものかを知らないようですね」
「……はい、さっぱり知りません。レベルアップでもしてステータスが上がるとかですか?」
「ふむ。レベルというのがよくわかりませんが、とにかく位階が上がったのですよ。位階が上がるとすぐに分かります。新たに魔法を授かることができるのですからね」
新しい魔法を授かる?
それってレベルアップで魔法を覚える、みたいなことだろうか。
……いや、違うな。
これは多分、【壁建築】や【道路敷設】の魔法みたいなことなのではないだろうか。
【整地】や【散弾】などよりも一度の魔力消費量が多い魔法は、その人が持つ魔力量が少ないと使えない。
それは単に使えないというだけではなく、【壁建築】や【道路敷設】といった呪文があるということすら理解していない状態なのだ。
もし仮に魔力量の少ない人が、ある一定値まで魔力量の向上する機会に恵まれたらどうなるだろうか。
もしかすると、一定値を越えたら急に使えるようになるのではないだろうか。
それこそ、いきなり脳にインプットされるような唐突さで。
パウロ神父のいう位階が上がる、というのはこのことなのかもしれない。
ある段階まで魔力が上昇し、新しい魔法が使えるようになる。
これは何も知らなければ神から授かったものだと考えてもおかしくはないのではないか。
「すごいですね。ちなみにパウロ神父の新しく使えるようになった魔法って一体なんですか?」
「回復魔法です」
「回復魔法って傷を治したりとかするあれですか」
「そうです。文字通りですね。そして、この段階に位階が上がったため、私はこれまでの神父、あるいは司祭といった立場から司教へと上がることができました」
「司教ですか。……それってすごいんですよね?」
「もちろんです。司祭と比べて司教の数はグッと減ります。そのため、司教は司祭のように教会ではなく、一定の広さを持つエリアをとりまとめることが主な仕事となるのですよ」
「へー、大出世じゃないですか。おめでとうございます、パウロ神父」
「司教です」
「あ、すみません。おめでとうございます、パウロ司教」
「よろしい。さて、ここまで話してようやく本題に入ります。アルス、あなたの未来を私に預けてみませんか?」
「は? 未来ですか、俺の?」
っていうか、今までのが前振りだったのか。
話がなげえよ、司教様。
※ ※ ※
「今のあなたの状況をまとめてみましょう。あなたはバルカ村に訪れた徴税官付きの兵士を殺傷し、農民を扇動。さらには隣村まで襲撃し、そこの村人まで引き連れてフォンターナ家の軍と戦闘。さらにはフォンターナ家の家宰まで殺害し、騎士6人を生け捕りとして、この地を不当に占拠している。これに間違いはありませんね」
「待って、その言い方は悪意あるでしょ。向こうにも非があって、俺だけが悪いわけじゃないから」
「まだありますね。他にもあなたは無断で教会の持つ命名の儀の秘法を盗み出し、それを悪用し、攻撃性の高い魔法を広めていますね」
ぐう。
土地所有の許可証がある以上、フォンターナ家との戦い自体には大義名分を得られると思っていた。
多少ゴリ押しでも言い訳のひとつにはなると。
だが、魔法陣の件についてはどうにも言い訳が思いつかない。
そこを突っ込まれるとどうにも弱いのだ。
「さて、この状況をうまくおさめる算段があなたにはあるのですか、アルス」
「いや、ぶっちゃけどう事態を収拾しようか悩んでいるんですよ。教会のことは全く考えてませんでしたけど」
「その解決策を私が提示してあげましょうか?」
「本当ですか!?」
「簡単な話です。あなたが今、一番困るのは教会と揉めることでしょう。ならば、そうならないようにするにはどうするのがよいか考えるのですよ」
んん?
教会との対立に発展しない方法があるのであればそれは助かるが、フォンターナ家との問題が残っちゃ困るんだが。
しかし、フォンターナ家のことを置いておいて、先に教会とのやり取りを終わらせておくのは間違いじゃないだろう。
というか、どちらかといえば教会のほうが対立したら困るだろうし。
「うーん、教会と揉めない方法ですか……」
現状の問題は俺が勝手に魔法陣を使って名付けをし、魔法を使える人を増やしまくったことにある。
対応策としてはできるのかどうか知らないが、名付けした人のバルカ姓をなくして魔法を使えなくするとかだろうか。
だが、俺が村人に魔法を使えるようにしていたというのは知られているだろうしな……。
「あ、もしかして俺に教会に入れっていうんじゃ」
「おしいですね。教会に所属するものは攻撃性のある魔法を使えることがわかると破門されますよ。教会関係者以外に魔力パスが通っていることを意味しますからね」
「まじか、出家することも許されないのか……」
「それよりももっと簡単な方法がありますよ」
「簡単な方法? すみません。思いつかないです」
「では私からいいましょう。私が教会にこう報告するのですよ。村人たちにバルカ姓をつけたのはあなたではなく、私だとね」
どういうことだろうか。
もしかして、俺をかばってくれるのだろうか。
だが、パウロ神父、いや司教がわざわざ俺をかばう理由もわからない。
なにか見返りを要求されたりするんだろうか。
俺は目の前にいるパウロ司教を見て、背筋がゾッとしたように感じたのだった。
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