血の定め
「ま、その前に昔話をしてやろう。お前たちのような獣人と人との混血のことだ」
「私もその混血なんですか?」
「そうだ。姉妹だっていうんならまず間違いないな。お前が今後その肉体変化が発現するかどうかは知らんが、お前の子孫でおなじような症状が出るやつはいるかもしれないということだ。いわば、血の定めだな」
そう言って、ノルン様が説明してくれた。
難しい話も多くて大変だったけれど、その話をきちんと聞く。
私やミーの体に関することだから、しっかりと聞いておかないといけない。
ノルン様が言うにはここから遠く離れた場所に海というところがあるそうだ。
その海という大きな水たまりを船で渡った先に別の土地がある。
そこが魔大陸というらしい。
その魔大陸には大昔に獣人と呼ばれる人がいた。
いや、人というのが正しいのかどうかわからない。
毛むくじゃらの二足歩行の獣。
そんな獣人は魔物の一種として扱われていたこともあるらしい。
海のそばに住んでいた昔の人間は、新たな土地を求めて海を越え、魔大陸に足を運んだ。
そして、その獣人を発見し、戦ったそうだ。
獣人は人間と同じような二足歩行をしているけれど身体能力が優れていたそうだ。
まともに一対一で戦うと強い相手だったそうだけど、群れの数はそこまで多くなかったようで数で勝負すれば人間が勝ったのだという。
そして、獣人を捕まえた人間はその獣人を連れて帰り、奴隷にして働かせたり、戦場に送り込んで戦わせたりしたのだという。
そんななか、変わったことをする人もいた。
獣人と子どもを作った人がいたのだという。
毛むくじゃらの獣のような姿をしていたけれど、驚くべきことに子どもができたらしい。
そして、その子は人間の姿をしているけれど、獣人の特徴も併せ持っていた。
頭に獣の耳があったり、尻尾があったりしたそうだ。
まるでミーの肉体変化をした後のような姿の子が生まれてきたのだという。
それが獣人と人の混血だ。
そして、長い時が流れて獣人の数が減り、その姿を消していった。
あとに残ったのは混血たちだけ。
その混血の人が、さらに人間と子どもを産むこともあった。
混血のさらに混血だ。
そうやって、混血と人間の血が混じっていくと、元の獣人の血が薄くなっていった。
いつしか、生まれてくる混血の姿は普通の人間と見分けがつかなくなっていったのだという。
けれど、その獣人の血は確かに残っていた。
それが、魔力を使って肉体を変化させられるというものだった。
獣人との混血の子孫は、魔力を使って肉体変化が可能で、一時的に獣の能力を持つことができる人間となったわけだ。
それだけ聞けば、何も問題はないように思える。
けれど、それで話は終わらなかった。
肉体変化を使って一時的にその身を獣人に近づけることができるその子孫たちは、多くが長生きできなかったのだという。
ノルン様曰く、体がその変化に馴染まないのかもしれないらしい。
考えてみれば、今までミーのことをすごいすごいとほめていたけれど、頭に猫の耳ができたり、尻尾が生えるなんて普通じゃない。
それが魔力によって出たり消えたりするんだ。
きっと、その体には大きな負担になっていたんだろう。
そして、その負担にミーは耐えられなかった。
獣人の混血の子孫の先祖帰り、というミーと同じ境遇の人と同様に、ミーはその負担に耐え切れずに早死にしてしまうかもしれない。
それが、ノルン様の話してくれただいたいの内容だった。
「……それじゃあ、どうやってミーを助けたらいいんですか? 私に何ができるんですか、ノルン様?」
「その前に、ちょっと調べておこうか。お前たちは同じ血を分けた姉妹だが、この方法が成功するかどうかは血が適合していないとできないからな」
「血が適合?」
「そうだ。血にはいくつかの型がある。血と血を混ぜた時に、固まりやすい場合とそうじゃない時がある。もしも、お前たちの血が固まりやすい相性の悪いものだったら、さっきの話はなしだな。やるだけ無駄だ」
「そんな。その相性は調べることはできるんですか?」
「ああ。二人から血をもらえばな。指を出せ」
ノルン様に言われて私は右手を差し出した。
そうすると、ノルン様も鎧の手を出してきて私の人差し指に触れる。
ちくっとした痛みを感じた。
指先にぷくっと血が出て、それをノルン様の指がふき取る。
同じように寝ているミーの指にもやっていた。
「お、よかったな。お前たちの血の型は同じだ。これなら、血が混じっても固まることがないだろ」
「よ、よかったです。それじゃ、ミーを助けられるんですね?」
「それはまだわからん。お前次第だ」
「私次第ですか?」
「そうだ。その先祖返りのガキを助ける方法はその血に流れる魔力の影響を一時的にでもいいから減らすことだ。魔力ってのは多くが血の影響を受けるからな。ようするに、血をすべて抜けば肉体変化は起こらなくなる。そうすれば、肉体変化で苦しむこともなくなるって寸法だ」
「ええ? 血を抜くって、体中の血をですか? そんなことすれば死んじゃうじゃないですか」
「そうだ。体中から血を抜けばどんなに強いやつでも死ぬ。それは絶対だ」
「だ、駄目ですよ。そんなことしたら、ミーが死んじゃいます」
「そんなことは分かっている。だから、お前がその代わりになるんだよ」
「……え?」
「お前の血を抜いてそのガキに入れる。血の型は同じだからな。多少混ざっても血の管の中で固まったりはしない。先祖返りの血は薄まって、体への負担が減るだろう」
「……それって、私はどうなるんですか?」
「血が無くなれば死ぬ。それは誰であってもそうだ。お前も例外ではない」
私が死ぬ、の?
ミーの代わりに?
その言葉を聞いてごくりと唾を飲み込んだ。
最近、幸せな生活を送れていたから、自分が死ぬことなんて考えることもなかった。
急にそんなことを言われて、思わず全身に力が入る。
握った手の中や背中に嫌な汗が流れた。
「やります。それで、ミーが助かるなら、お願いします」
だけど、すぐにそう答えた。
妹が助かるならそれでもいい。
そのためなら自分の命を捨ててもいい。
こうして、私はミーを助けるために自分の血を全部抜き取ってもらうことに決めたのだった。
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