猫化
「すごい。速いよ、ミー」
「やったー。私、おねえちゃんにかけっこで勝てたよ」
「本当だね。猫さんみたいに速かったよ」
猫耳と尻尾が生えたミーは、最初のしょんぼりした雰囲気がウソのようにはしゃいでいる。
多分そんなに心配いらなさそうかな、と言っただけなのに本人の中ではもう問題解決したみたいな感じになっているんだろうか。
そのミーが庭で駆けまわっているのを私が追いかけたのだけど、全然追い付かない。
ミーは私よりも年下だから、今までかけっこや運動で私が負けたことなんてなかった。
けど、全然勝てる気がしないくらい速い。
昨日まではそんなことがなかったから、多分肉体変化のせいなんじゃないかと思う。
猫耳がかわいいだけの見た目だけの変化じゃないってことかな?
「見てみて、おねえちゃん。こんなこともできるよー」
そして、ミーの変化は足の速さだけじゃないみたいだ。
体の動きも全然違っていた。
崩れそうな足場の上でもピョンピョンと飛び跳ねるようにして移動する。
普段だったら危ないと声をかけるところだけど、今は不思議と安心してみていられた。
体の身軽さも猫みたいになったんだろうか?
「これは【獣化】に該当する魔術かもしれませんね」
「【獣化】ですか、アイ先生?」
「はい。肉体変化によって動物的な素養を併せ持つ体へと変化する例が確認されています。例えば、【狐化】という魔法を使うウルク家などがそうです。自身の肉体の一部を狐のものと変えることで身体能力を向上させたと言われています」
「じゃあ、ミーのは【猫化】って感じですか?」
「そうですね。きちんと使いこなして呪文化する際には【猫化】という呪文名でもよいかもしれませんね」
「でも、なんでいきなり……。今までミーはこんな変わったことできなかったんですよ?」
「もともと素養があったのかもしれません。最初にアルフォンス様がオリエント国の貧民街で孤児を探した時のことを覚えていますか? あの時、アルフォンス様は周囲に【威圧】という魔術を使いました」
「ああ、なんとなく覚えています。確か、【威圧】っていうやつでほかの人が全員倒れていたんですよね?」
「そのとおりです。ですが、それに抵抗する者がいました。あなたとミーティアさんです。ですが、ハンナさんは【威圧】を防いだわけではないのですよね?」
「はい。そんなの防げって言われてもできませんし。ああ、けどそうだ。あの時、人が倒れる前からミーは何かに反応していたような。たしか、きゃあ、なんて叫んでいた気がします」
「おそらく、アルフォンス様の【威圧】の魔力に反応したのでしょう。そして、それに抵抗した。魔力を用いて、【威圧】による魔力の針を防いだのです。姉であるハンナさんも守るようにして」
そうだったんだ。
あの時、ミーは私を守っていてくれたんだ。
私はずっと姉である自分が妹のミーを守っているつもりだった。
けれど、違ったんだ。
アルフォンス様もそれが分かっていた。
だから、あの貧民街にはほかにもたくさんいる孤児の中でミーを連れていこうとした。
それこそ、なんの取柄もない私や、ほかの仲間の孤児たちを一緒に連れていってでもミーを仲間にするために。
そして、そのミーの力が覚醒した、のかもしれない。
なんで今日、突然に猫耳と尻尾が現れたのかは全然わからないけど。
「ミーティアさんにはこれから特別訓練が必要かもしれませんね」
「特別訓練ですか?」
「はい。いずれあなた方への教育として教えようと考えていましたが、魔術の発現を確認したことで行程を早めます。魔力によって引き起こす現象を呪文というカギとなる言葉でいつでも任意に発動できる魔法の創造作業を進めていこうと思います」
「へー。それってあれですよね。アルフォンス様がいつも食事前にいただきますって言っていたら【いただきます】の呪文ができたってやつのことですね」
「そのとおりです。ミーティアさんにはまず自分の意志で自由に【猫化】できるように訓練します。そのうえで、次は呪文となる言葉を唱えてから肉体変化をすることで呪文化を成功させます。そうすれば、晴れてミーティアさんは魔法使いへと到達することができるでしょう」
今でも名付けをしてもらった私たちは魔法を使える。
けど、それは正確には魔法使いとは呼ばないみたいだ。
自分の意志で魔力を使って変わったことができるのが魔術師。
そして、その魔術師が呪文を使えるようになったら魔法使いと呼び方が変わるらしい。
正直なところ、その分け方に何か意味があるのかと思うが、とにかく、アイ先生はミーを魔法使いにするべく訓練を開始すると言った。
私たちがミーを見ながらそんな話をしている間も、ミーはあちこちを動き回っていた。
が、疲れたんだろう。
本当に猫みたいに縁側に上がって丸くなって寝てしまった。
そして、疲れて寝たら猫耳と尻尾も消えていた。
多分、魔力が切れたのかと思う。
起きたら特訓が始まるなんて知らずに、幸せそうに寝ている。
頑張ってね、ミー。
きっと、呪文化に成功したらアルフォンス様にも褒めてもらえるはずだから。
そうすれば、きっと役立たずだから捨てられる、なんてことはないはずだ。
私も頑張らなきゃな。
ミーと違って、私はそんな猫みたいになれる気はしない。
そのかわりに、私にできることを全力で頑張ろうとミーの寝顔を見ながら心に誓ったのだった。
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