孤児の姉妹
「おねえちゃん、おなかすいた」
「……うん、そうだね。お腹すいたね」
妹と一緒にお腹を押さえて歩く。
お腹がすいた。
食べ物がない。
どうしようかとずっとそればかり考えている。
私たちは親がいない。
頼ることができる親戚もいない。
そんな私たちが何とか生きていられるのは、同じような親のいない子と組んでなんとかギリギリ食べ物にありついていたからだ。
けれど、仲間が失敗をした。
ある店の残飯を取りに行った。
だけど、そこは別の孤児たちの縄張りだった。
そんなことは分かっていたけれど、どうしても食べ物が足りなくてそこに行ったみたいだった。
一度だけなら見つからない。
そんなことを言って別の縄張りに手を出したその子はあっさりとばれて袋叩きにあってしまった。
残飯あさりには誰が決めたのかもわからない暗黙の決まりがある。
それを破った私たちは、自分たちのわずかな縄張りを奪われてしまうことになった。
今まで足りないとはいえギリギリ食べることができていたのは、縄張りがあったからだ。
けれど、それが無くなってからびっくりするくらいごはんを食べられなくなってしまった。
これはもう本当にまずいかもしれない。
どうしようか、最近はずっとそればかりを悩んでいる。
たった一人の妹のために、私ができること。
最悪の場合、私自身を人買いに売ってでもこの子のためにと思ってしまう。
「ねえ、おねえちゃん。向こうに誰か来ているみたい」
「え? 本当だね。なんかざわざわしてるね」
頭の中でいろんなことをグルグル考え続けているとき、妹が言った。
向こうに誰かいる、と。
慌てて妹を引っ張って物陰に隠れながら様子をうかがう。
変な奴に見つかったら、どういう目に合うかわからないからだ。
「きれいなひと」
それは私か、それとも妹が言った言葉なのだろうか。
多分、この場にいた全員がそう思っただろう。
そこにはこんな貧民街にいるはずがないきれいな女性がいた。
とんでもない美人だ。
着ている服も汚れ一つない、ほつれた跡もないもので、しかもこのオリエント国ではあまり見ない感じのものだった。
もしかして、ほかの国の人だろうか?
そんな女性のそばにはもう一人いた。
小さな男の子だ。
最初は人の影に隠れて見えていなかった。
けれど、そのきれいな女性が一歩引いてその男の子について移動しているのを見ると、もしかしてその子の付き人みたいなものなのかもしれない。
……完全に場違いだ。
なんであんな人たちがこんな壁の外の貧民街みたいなところにいるんだろうか。
危なくないんだろうか?
ここに住む人たちは壁の中に住む人たちに人間扱いされていない。
だからこそ、逆にこっちも強気に出るという人もいた。
壁の中に住む市民が何も考えず下手に貧民街に入り込んで襲われることはたまにあるはず。
私は周りに視線を向ける。
やっぱりいた。
あの男の子と女の人を囲むようにして、二人を狙っている人たちがいる。
私たちのような親のいない子がすりをしようとしているのとは全然違う。
それこそ、襲った相手の髪の毛一本すらも売り払ってお金に換えてしまおうと考えているガラの悪そうな奴もいる。
「……行った」
二人を囲んでいた連中が動く。
自然な感じで、けれど周囲から同時にその二人に近づくように、何人もの男の人たちが速足で近づいていく。
私はそれを見て、妹の体に手を当てた。
もしかしたら、ここで騒動があるかもしれない。
それに巻き込まれないように、すぐに逃げられるようにする。
それこそが、頼る人もいない私たちが生きのこる手段だからだ。
「……え?」
だけど、何が起こったのかわからなかった。
二人に近づいていった男たち。
それが女の人にもう少しで手が触れる距離まで近づいていたはずだった。
なのに、その姿がない。
倒れている。
男が五人、地面に倒れていたことに後になって気が付いた。
なにがあったのか、わからない。
けれど、それをやったのは襲われそうになった女の人じゃないみたいだ。
多分、男の子の方。
いつの間にか、その子の手には真っ赤な剣が握られていたからだ。
まずい。
今までこの危険な貧民街でなんとか生きてきた私の直感がそう告げていた。
なにがどう危ないのかわからない。
けれど、あの子は普通じゃない。
それだけが分かった。
逃げなきゃ。
そう思った。
けれど、できなかった。
私だけじゃないと思う。
みんなあの二人に注目していて、あの人たちが襲われそうになっているのがなんとなくわかっていたはずだ。
それなのに、いつの間にか剣を握っている男の子と、倒れて動かない男たち。
普通なら、この貧民街で生きてきた人たちはすぐにそれに巻き込まれないようにその場を離れる。
そのはずだった。
だけど、誰もそれができなかった。
「きゃあ」
妹が声を上げた。
その次の瞬間、周りの人がみんな倒れていた。
どうなったの?
意味が分からない。
なぜだか分からないけれど、このあたりにいた人が全員倒れてしまっている。
体ががくがく震える。
……逃げなきゃ。
この場を離れなくちゃ。
そう思うのだけど、私の足は震えるばかりで全然動いてくれない。
ぞくり。
そして、私は目が合ってしまった。
一歩も動かない足で、どうしようもできない私の目と、その男の子の目が合った気がした。
多分、気のせいじゃないと思う。
だって、その子はこっちに向かって歩いてくるのだから。
「ミー、逃げて」
なんとか口だけでも動いた私を自分でほめてあげたい。
妹に、ミーに逃げろと言えたのだから。
だけど、私にできたのはそれだけだった。
妹は私の背中に縋り付いて逃げるなんてことはできなかった。
そして、その場を離れることもできずにいた私たちの目の前に真っ赤な剣を持った男の子がやってきたのだった。
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