報酬交渉
「と、いうわけで土地をください、バナージ殿」
「……えらくいきなりの提案でござるな、アルフォンス殿。土地が欲しいとはいったい? すでにバルカ傭兵団が滞在するための屋敷は提供しているはずでござるが」
「そうなんですけどね。実はもう少しバルカ傭兵団を大きくしたいと考えているんです。今回の戦いでの反省もかねて」
「反省? はて、拙者が聞いた報告では大戦果をあげたものだと認識しているのでござるが、なにか反省せねばならないことでもあったのでござるか?」
屋敷での会議の後、俺はバナージとの話し合いの場についていた。
これはもともとの予定にもあったものだ。
オリエント国とグルーガリア国の戦いの結果や経緯などの報告はすでに終わっているが、その報酬はまだ受け取っていない。
戦いに参加した者たちからそれぞれ報告を受けて、報酬を支払うということになっていたので、その前に会議をしていたことになる。
そのため、本来は戦いに参加した際の報酬の受け渡しについてがこの場での議題だったのだが、俺がそれを遮って要求を出したのだった。
その要求は、土地を求めるというものだった。
「確かにバルカ傭兵団は大きな働きをしたと思います。けど、一切被害がなかったわけでもありません。どうしたって戦えば傷を負う者もいますから」
「それはそうでござろう。いくらなんでも、全員が無傷で勝つというのは不可能でござるからな」
「そうでしょう? で、バルカ傭兵団は今のところ100人の傭兵でできています。その100人全員を連れていって戦った。そして、けが人が出た。となると、次に戦いが起こった場合、こちらが出せる人数はさらに減るわけです。そうすると、次はもっとけが人が出るかもしれない。そんなことを何度か繰り返したら、すぐに戦力が半減してしまいます」
「つまり、傭兵団として余力を作っておきたいということでござるな。予備兵力を残しておくことで、けが人が出ても次の戦いでは想定通りの戦力を出せるようにする。そのために、人を増やしたいというわけでござろう?」
「そうです。そのとおりです、バナージ殿」
「しかし、それがどうして土地を求めることになるのでござるか? どのくらい人を増やすつもりかは知らないでござるが、多少予備戦力を増強するくらいならば、拙者がもう一つ適当な屋敷を用意するでござるよ。もっとも、内壁の中ではなく、外壁に近い位置になるかもしれないでござるが」
俺の提案をバナージは素直に受け取って答えてくれる。
向こうとしても、きっちりと戦果を挙げた傭兵団を放り出したくはないのだろう。
特にアトモスの戦士を抱えているだけでも十分に頼りになる戦力だ。
今以上に人を増やして戦力を上げたいという求めを受けて、可能な限り対応すると言ってくれている。
が、それでは足りない。
確かに、バルカ傭兵団は人を増やしたいと考えている。
そして、それは戦力増強が目的だ。
だが、その目的はバナージがいったような目先の問題だけではない。
もっと長い目で見た時に効果が出るように、手垢のついていない子どもを集めて教育するという計画もある。
そして、それをするのであればどうしたってお金がかかる。
今、バナージに用意してもらった屋敷の広さを倍にしてもらったところで、その目的は達成できないのだ。
「ちょっと違いますよ、バナージ殿。滞在するための屋敷が欲しいんじゃないんです。土地が欲しいんですよ。もっとわかりやすくいえば、俺たちが好きにできる自分の土地が欲しいんです」
「……屋敷ではなく、土地の所有ということでござるか? 何をするつもりでござるか、アルフォンス殿?」
「ちょっとお金稼ぎをしようと思って。バルカ傭兵団でものを作って売ろうかと思っているんですよ。けどほら、ものづくりの技術はちゃんと隠さないと駄目でしょう? バナージ殿に借りている屋敷は滞在するのは問題ないんですけど、情報を秘匿するのに不向きなので」
「……ものづくりを? このオリエント国で独自の工房でも作るつもりでござるか? しかし、それは無謀というものでござる。このオリエントは優れた造り手がたくさんいるゆえに、素人の傭兵が作ったものが売れるとは思わないのでござるよ」
「大丈夫ですよ。商売に失敗したらほかの手を考えますから。というわけで、先の戦いでの報酬としてでもいいので土地をください。出来れば大きな土地のほうがいいので、最悪外壁のさらに外でもいいので」
「外壁の外でござるか? 本気なのでござるか、アルフォンス殿。あそこはこの都市の市民権を持たない貧民がいるようなところでござる。そこならば確かに土地の代価は抑えられるが、商売などできないでござるよ」
「その言い方だと無理ではないってことですよね? じゃ、決まりで。ああ、壁の外の土地ですけど、傭兵たちにも市民としての権利はあるようにしといてくださいね。商売がうまくいったあとで、市民じゃないから財産を奪い取ってもいい、なんて言われたら困りますし」
「……わかったでござる。が、逆に言えば市民としての税は壁の外であっても払ってもらうでござるよ? 税を納めることができなければ権利を行使できないのでござる。拙者でもそれはかばえないものと記憶しておいてほしいのでござるよ」
「了解。じゃ、そういうことでよろしく」
土地を求める理由は物を作って売るためだ。
前から考えていたことだけど、どう考えても傭兵稼業は稼ぎがよくない。
命を懸けて戦うにしては報酬が低いからだ。
もし、高い報酬が欲しいなら強くなるしかない。
強くなって、そして、その戦力を高く評価してくれる雇い主のところにいくべきだ。
だけど、バルカ傭兵団はこの小国家群では一切知られていない存在だ。
バナージという伝手を頼る以外にはまともに雇ってもらえないだろう。
それでも傭兵として稼ぎたいとこだわるとすれば、多分人から奪うしかなくなる。
戦いがあった場所で略奪するのが一番稼げるとイアンも言っていたからだ。
だけど、それだとほとんど盗賊と同じじゃないかという気もした。
それをしなければいけないのであれば考えるけど、そんなことをしに東方に来たわけでもない。
だったら、自分で稼いでしまおう。
稼げるようになれれば、傭兵たちがケガや歳で引退しても暮らしていける。
自分だけの土地が欲しいのはそのためだった。
それを聞いて、バナージは商売がうまくいくとは思わないと言いつつも、こちらの要望を聞いてくれた。
多分、報酬としては格安なんだろう。
どうせ財産権のない貧民しかいない壁の外の土地をやるだけで、アトモスの戦士が使えると考えれば安いと判断したんだと思う。
こうして、俺はオリエント国に自分の所有地を手に入れることとなったのだった。
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