強さを求めて
「神敵ナージャとはマーシェル傭兵団を率いていた傭兵団長の名です。パーシバル領の迷宮街出身の男性で、【収集】という能力を持っていました」
「【収集】? それは魔法なの、アイ?」
「違うようです。魔法でも魔術でもない能力です。迷宮街では迷宮に潜る探索者たちを探索組合が管理していました。その探索組合では地下に続く迷宮で一定の深度まで到達した探索者に対してティアーズ家が【能力解放】という魔法を使っていたのです。その【能力解放】は受けた人によって固有の能力が開花すると言われており、それらは魔法や魔術とは違うものであるとされていました」
グルー川の水面を船で移動し続ける。
どうやら、グルーガリアの船はこちらに追撃できていないみたいだ。
多少の余裕があったし、体が疲れて動けないので、船の上で体を休めながらアイに話をしてもらっていた。
話の内容はナージャという男のことだ。
かつていた、他人の力を奪う能力を持った者であり、教会に神敵とされてアルス兄さんに倒された男。
その男が俺と似ていると言われて、どうしてもそのことが気になってしまっていた。
「ふむふむ。ティアーズ家って面白い魔法を持っていたんだね」
「そうですね。エルビス・バルカ様の妻であるリュシカ・バルカ様も迷宮街の探索者であり【遠見】という能力を持っています」
「そっか。だからなのかな? 奥さんと同じ迷宮街出身のナージャが神敵になったから、エルビスは特に気になるのかもしれないね」
「話を続けます。神敵ナージャは迷宮街で【収集】という能力を得たのちに、迷宮街を出て傭兵団に入ったとされています。その傭兵団がマーシェル傭兵団であり、そこで頭角を現し団長になりました。その後、【収集】という能力を用いて、幾多の騎士や貴族から魔法を得て、最後にはドーレン王家や教会の神父などからも魔法を奪い取ったようです」
「王家や教会からもか。だから、神敵に認定されたってことだね?」
「そのとおりです。【収集】はさまざまなものを得ることができる能力です。物を保管することもできれば、魔法を奪うこともできる。そのうえ、名付けによる魔力的なつながりさえも【収集】可能です」
「魔力のつながりも? それってあれだよね。名付けでの親子関係で子の魔力が親に流れていくってやつ」
「そうです。神敵として認定された一番の理由はそこでしょう。聖光教会は教会の影響下にあるすべての住民に対して名付けを行い、魔力を集めていたのです。それを教会の魔法ごと魔力を奪われたことに危機感を覚えました。そのために、神敵として認定されたと考えられます」
「そっか。でも、それだとノルンの吸血よりももっと簡単に強くなれそうだね。よく、そんな相手にアルス兄さんは勝てたね」
「以前アルス様に話をお聞きした限りでは、運がよかった、とのことです。神敵ナージャはアルス様と対峙した際には不死者となっており、思考力が低下していたようですので」
神敵であり、不死者か。
たしか、不死者っていうのは魔力が穢れている存在だったかな?
教会の上の人が使える【浄化】や【聖域】がないとまともに対抗すらできないとかいう話だったはずだ。
アルス兄さんはいろんな相手と戦っているなと思ってしまう。
「まあ、けどさ。その話を聞く限り、ノルンの能力と似ているけど別物じゃない? それに、ナージャの一番の失敗は教会から魔力を奪ったことにあるんでしょ? だったら、俺とは全然違うよ。そんなことしていないし」
「そのとおりです、アルフォンス様。この東方では聖光教会はなく、その意味で神敵と認定されることはないでしょう」
「だよね? じゃあ、やっぱりエルビスが心配性だってことだよね」
「私はエルビス・バルカ様ではありませんので、ご本人のお考えは分かりません。ですが、心配しているのは神敵ナージャとの能力の酷似だけではないのではないでしょうか?」
「どういうこと? ノルンの力がナージャと似ているって話だったでしょ?」
「おそらくは、神敵ナージャという人物の在りようが今のアルフォンス様と似ている点を危惧しているのでしょう。強さを求め、他者から奪い、力で従える。アルフォンス様の歩みはナージャと似ているのです」
「……俺が強くなろうとするのは駄目だ、とかそういうこと? 強くなりたいというが悪いって言いたいの?」
「いいえ。強さを求めること自体に善悪はありません。ですが、神敵ナージャが歩んだ道とアルフォンス様の道程は似ている、というだけです。そして、神敵ナージャは失敗しました。彼はへカイル家やギザニア家を打ち倒し、領地を得ました。ですが、その結果は荒廃を招いただけで、なにひとつ後世に残すものがありませんでした。それを見てきたエルビス・バルカ様は思うところがあるのでしょう」
アイの話を聞きながら考え込んでしまう。
俺がナージャと似ている、か。
力を求めて、戦い続け、最後には負けて消えていった神の敵。
あらゆるものを取り込んで、最強というべき存在にまで届く可能性があったが、結局は何もなせずに終わってしまった。
強さだけを求めて動いていると、俺もナージャと同じようになるかもしれない。
エルビスが言いたかったのはそういうことなんだろうか?
わからない。
これまでずっと、強くなりたいという一心で行動していた。
それ以外のことはあまり深く考えていなかったようにも思う。
どうにかなるだろうと思っていたから。
だけど、それじゃダメなんだろうか。
強くなりたい。
それは、この話を聞いても変わらない気持ちだ。
アルス兄さんやバイト兄さんたちみたいになりたい。
貴族院で馬鹿にしてきた連中を見返してやりたいとも思う。
魔剣ノルンの力はそれをかなえてくれる。
けれど、その力の使い方次第ではナージャと同じような未来が待っていてもおかしくはない。
……駄目だ。
いくら考えても頭がまとまらない。
揺れる船に体を預けながら、ずっとそのことについて考え続けることになったのだった。
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