血の記憶
「さっさと船に乗れ! 急ぎ撤退するぞ」
エルビスが大きな声で指示を出す。
俺やイアン、鎧姿に戻ったノルンが今も迫りくるグルーガリアの兵に対処しながら、防衛用の壁の後方では傭兵たちがあわただしく動いていた。
残っていた船に乗り込み、舵を操作し始める。
櫂を握っていつでも水面を進める準備が整った状態で、最後まで中州で戦っていた俺たちがその船に乗り、漕ぎ始めた。
「どうするのですか、アルフォンス様? 先に撤退しているオリエント軍を追いますか?」
「……いや、あっちはまだ柔魔木を運んで逃げているはずだ。できれば、時間は稼げるだけ稼いでおきたい」
「なるほど。では、オリエント軍とは別方向に逃げたほうがよいということですね?」
「そうだ。俺たちは一旦川下に進もう。川の水の流れに乗って移動したほうが速いしね」
「わかりました。ですが、船の操舵に慣れたグルーガリア兵をどれほど引き離せるかが問題ですね。なにはともあれ、急ぎましょう」
今回のグルーガリア国との戦闘の最大の目的は柔魔木の確保にある。
魔弓オリエントという遠距離攻撃可能な武器を作り、オリエント国の防衛力を高める。
そのために、グルーガリアと戦った。
そして、その目的はまだ途中だ。
当初の目標であった材木所ではなく、中州から直接柔魔木を伐採できたので、オリバをはじめとするオリエントの兵がそれを先に運んでいる。
が、そちらに追撃がかけられては困るからこそ、俺たちバルカ傭兵団は殿として残った。
もし、今ここでバルカ傭兵団がオリエント軍の後を追ってグリーガリアの兵を連れて行ってしまうようなことがあれば、これまでの作戦を失敗に導いてしまうかもしれない。
そう考えると、オリエント軍の後を追いかけるのはためらわれた。
むしろ、まだもう少し時間を稼いだほうがいいかもしれないくらいなのだ。
なので、オリエント軍とは別方向に逃げる。
オリエント国には輸送用の特殊な船というのがあり、輸送隊はその船を使っているらしい。
その船は水の流れを操作して進むことができる船という話だったので、おそらく上流のオリエント国を目指して移動しているはずだ。
なので、そちらとは違う方向へ、下流のほうへと向かって船を漕ぐ。
「……やっぱそう簡単には逃がしてくれないか」
「追いかけてきていますね。グルーガリアの船が何艘もこちらを追撃しようと向かってきています」
「アイ、悪いけど頑張って迎撃してくれ。この船の上でまともにグルーガリアの弓兵と戦えるのはアイくらいしかいないからね」
「承知いたしました、アルフォンス様」
船での移動を開始したバルカ傭兵団を追いかけるグルーガリアの船。
その船の上から弓兵たちが弓による攻撃を行ってくる。
さすがにここは向こうにとっての地元というだけあるんだろう。
揺れ動く船の上からでも強力な矢の攻撃をお見舞いしてきた。
それに対して、こちらでまともに相手の弓兵に対抗できるのはアイくらいだ。
最高戦力であるイアンはこの川の上ではその力を最大限には発揮できない。
もしも、俺たちが今乗っている小さな船の上で巨人化されたりしたら、それこそ船ごと沈んでしまうことになる。
それと同じように俺やエルビスなんかも戦力外ではある。
船の上では満足に戦えないからだ。
あとはせいぜいグルーガリアの弓兵に大きく劣る傭兵たちの弓の攻撃くらいしか方法がない。
とはいえ、何もしないわけにもいかない。
魔銃を魔法鞄の中から取り出してアイとともに迎撃を行おうとしたその時、ノルンが話しかけてきた。
(おい、アルフォンス。【流星】の力を使って攻撃してみろ)
ノルンはすでに鎧姿を解いている。
船に乗り込むまでは二足歩行の鎧として中州で最後まで戦っていたノルンは、船に乗った後に俺の中に戻ってきたのだ。
鎧を構成していた血液が俺の体の中に戻ってくる。
何とも言えない不思議な感覚だ。
そんな俺の血となって戻ってきたノルンが、頭の中で声をかけてくる。
が、さっきの言葉はどういうことなんだろうか?
【流星】の力を使う、と言っていたがどういうことだ?
(さっきいただろう。弓の攻撃でとんでもない破壊力の攻撃を仕掛けてきたやつだ)
(ああ、いたな。流星と呼ばれた男の攻撃は確かに強力だった。けど、それをどうしろっていうんだ、ノルン?)
(お前が使うんだよ、アルフォンス。俺様が流星ってやつの血をたらふく飲んでおいた。今ならその血の記憶から、流星と同じような攻撃がお前にもできるはずだ)
はあ?
なんだそりゃ。
流星が使った地面をえぐるほどの攻撃を、俺も使える?
その理由はノルンが血を奪ったからだというではないか。
……そんなことができるのか?
いきなり言われてもさすがに信じられない気持ちが強かった。
だが、ノルンがこの場でいきなりそんな嘘を言ったりはしないだろう。
そう思ったから、俺はとりあえず自分の体の中に意識を向ける。
「…………こんな感じか?」
ノルンのいうことは本当だった。
どういえばいいのだろうか。
非常にあやふやな、感覚的なものだと思う。
だが、確かにノルンが言う通り、意識を集中したら、流星と同じ攻撃ができるような気がしたのだ。
流星と呼ばれた男は他のグルーガリアの弓兵とは明らかに違う攻撃をしてきていた。
その時に使っていた柔魔木の弓も、もしかしたらほかの人とは違う特別なものなのかもしれない。
が、あの攻撃で一番重要なのは魔力の使い方だったようだ。
自身の魔力を弓と矢に大量に送り込み、必殺の攻撃を繰り出す。
流星がしていたのはそういうことらしい。
自分の体から湧き出る魔力を大量に練り上げて武器に送り込み、ほかの人とは比べ物にならない攻撃力を引き出す。
だからこそ、一撃目と二撃目では時間が空いたのかもしれない。
一撃で相手を仕留められるように、時間をかけて魔力を練り上げたのだろう。
流星と呼ばれた弓兵でもあり魔術師でもある人物の攻撃を、ノルンは【流星】と呼んだにすぎない。
そして、その【流星】という魔術攻撃の使い方が、奪い取った血の影響なのか、俺にも理解できる。
どのように武器に魔力を込め、それを攻撃力として現実にあるものを破壊する力に変えるのか。
それが理屈抜きで理解できた。
ノルンは最初からこうするつもりだったのかもしれない。
ヴァルキリー姿で流星の血を吸っているときに、その血の体の中に異物も取り込んでいたのだ。
それは、流星が使っていた柔魔木の弓だった。
船に乗り込んだ時に「拾ってきたから持っておけ」と言われて渡されたその弓を手にして、矢をつがえる。
そして、血の記憶を頼りに魔力を操り、その矢へと魔力を込めた。
「さがれ、アイ。【流星】を放つ」
俺は弓なんて使えない。
だけど、流星をはじめとするグルーガリアの弓兵が弓を射た瞬間は何度も目にしている。
思い出せ。
アイに剣聖の剣術を教わったときのことを。
見稽古と称して、アイの繰り出す剣技をつぶさに観察し、そしてその動きを自分の体で再現した時のことを。
剣と弓では使う筋肉は違う。
だが、体を頭の中の想像通りに動かす訓練はあれからもずっと続けている。
すぐに完璧な動きの再現はできないかもしれないけれど、それに限りなく近い動きはできるはずだ。
そう考えて、流星の動きを流星の使っていた弓を持って、しかし、子どもの体でその弓に合わせた修正を加えた動作を行う。
硬い柔魔木の弓に魔力を込めながらも、つがえた矢にも膨大な魔力を練りこみつつ、弦を引き、狙いをつけた。
血の記憶を頼りに時間をかけて魔力を込めれば、着弾点を中心に広範囲に損害を与えられる【流星】と呼ばれる魔術攻撃ができる。
それを俺は、追いかけてきているグルーガリアの船団に向かって放ったのだった。
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