引き際
「よっしゃ、こいつの血を頂くぜ、アルフォンス」
「おい、ちょっと待てノルン。まだ、周りに人がいるっての」
流星と呼ばれる男を撃破した。
それを見て、流星の血を飲もうとするノルン。
だが、こっちはそれどころではない。
ここはグルーガリアの兵たちが中州に上陸した地点のすぐそばなのだ。
流星のほかにも兵がいる。
その兵が流星を倒した俺を放っておくはずもない。
周囲の兵が倒れた流星のそばにいる俺たちを攻撃してきたのだ。
弓の攻撃が周囲から降り注ぐ。
俺は人型ではなくヴァルキリー型のノルンの陰に隠れながら、魔剣を振るった。
飛んでくる矢を叩き落とし、回避し続ける。
周囲の兵が一斉に矢を放ったことは、結果として俺にとっては助かった。
そのほとんどがノルンに当たったのだが、血でできたノルンは痛みを感じることもない。
そして、ノルンの体で守られていた俺は、矢の攻撃が途切れた瞬間を見計らってその陰から飛び出る。
体の重心を低く保ちながら駆け抜けて、弓兵たちに攻撃する。
やはり、弓の扱いは長けているが接近戦は苦手な奴が多いのだろう。
アイに仕込まれた剣聖の剣術を覚えている俺の剣と比べると、圧倒的に近接戦闘が弱い者が多い。
なんとか離れて距離をとり、弓を射ようとする者。
あるいは、弓を手放して接近されたとき用の剣で対抗しようとする者。
そのどちらも関係なく、【縮地】を使って距離を詰め、魔剣を振って斬っていく。
次々と倒れるグルーガリアの弓兵たち。
それを見て、船の漕ぎ手が慌てたようだ。
中州に上陸した船は、乗っていた全員が弓兵というわけではなかった。
むしろ、数の上だけで言えば、弓を持たずに船を漕いでいるだけの者のほうが多かったくらいだ。
その漕ぎ手は上陸地点までわざわざやってきて、弓兵を切り伏せていく俺を見て、慌てて逃げようとしたのだ。
強引に船に乗り込み、櫓を操り川に出る。
一人二人がそんなことをすると、それを見た他の者も慌ててそれをまねしてしまったみたいだ。
押し合いへし合いしながら、自分だけでも助かろうと船を漕いでいく。
中には船に乗れずに船体につかまって水面を引きずられるようなやつもいた。
「ふう……。満足したぜ。こいつの血はうまかったぞ」
俺が魔剣を操り弓兵と戦い、弓兵たちはなんとか俺を仕留めようと反撃する。
その周りは逃げ惑う漕ぎ手たちによって、混乱の極みにあった。
だというのに、その場においてノルンだけが自分勝手に動いていた。
どうやら流星の血を堪能したみたいだ。
満足満足と言いながら俺のもとに近づいてきた。
真っ赤な騎乗型の動物の姿をしたノルンが人語を話して近づいてくる。
それは他の者たちからすると、かなり異常な光景だったのかもしれない。
それまで俺を攻撃してきたグルーガリアの動きが鈍った。
弓兵たちが警戒するようにノルンを観察している。
なにをしてくるかわからないから仕方がないのだろう。
だが、その攻勢が緩んだのを感じて、俺は逃げを選択する。
「逃げるぞ、ノルン」
「ん? お前はこいつらの血を吸わなくていいのか、アルフォンス?」
「さすがにこれ以上は危ないって。逃げるよ、ノルン。背中に乗せてくれ」
「いいぜ。なら、さっさとこの場を離れようか」
俺のもとにやってきたノルンの体に手をかけて、腕に力を入れてさっと飛び乗る。
そして、ノルンの背中に俺が座ったのとほぼ同時にノルンが駆けだした。
やはり、速い。
四足歩行で駆け抜けるノルンの速度はグルーガリアの弓兵たちに追撃をかけることすら許さなかった。
グングンと加速し続け、あっという間に暴れまわるイアンのもとへと帰還する。
「流星を倒してきたぞ、イアン」
「もうか? 早いな。よくやった」
「ありがと。こっちの状況はどうだ?」
「俺は大丈夫だが、ほかの傭兵たちが苦戦しているみたいだ」
巨人化したイアンが自在剣をブンブンと振り回して戦っている。
そこへ大声で話しかけると、イアンのほうも大きな声で返事をした。
ついでに、流星を倒したという俺の言葉が聞こえたのか、イアンを攻撃していた弓兵たちにも多少動揺が広がったみたいだが、とりあえず置いておこう。
どうやら、イアンは柔魔木の弓での攻撃でもさほどの傷を負っていないようだ。
だが、傭兵団のほうはそう簡単にはいかないようだった。
グルーガリアの弓兵は霊峰の麓に住んでいるただの男手でもあった傭兵たちよりもはるかに強かった。
それこそ、騎士に相当するくらいには弓兵たちは強い。
そんな相手にバルカ傭兵団所属の傭兵たちは奮闘してはいたが、苦戦していた。
事前に作った壁で身を守りながら、なんとか抵抗しているという状態だったようだ。
今もその防衛線が崩れていないのはアイやエルビスが奮闘しているからに過ぎない。
それをイアンから聞いた俺はすぐにそちらに援護に向かう。
目立つ色のノルンの背に乗った状態で防衛線を攻略しようと動く弓兵たちを背後から攻撃する。
しばらくの間、そんな風に挟み撃ちにするように攻撃してから、ようやく俺はエルビスらと合流することに成功した。
今のところはうまくいっている。
柔魔木も確保したし、それをオリバたちに運ばせている。
その間に流星をはじめとしたグルーガリア兵を倒し、時間も稼ぐことができている。
が、まだ最大の仕事が残っていた。
俺たち自身の撤退だ。
中州に最後まで残った俺たちが生きてオリエントまで戻らなければ、それは作戦成功とはいえない。
こうして、オリエント軍の殿として残ったバルカ傭兵団は、いよいよ自分たちの撤退を開始し始めたのだった。
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