乱戦
「ノルン、俺から離れすぎるなよ」
「わかってるよ、相棒」
アイやバルカ傭兵団が守る壁。
そこから飛び出していく俺とノルン、そしてイアン。
その中でもやはり一番相手から注目されているのはイアンだろう。
飛び出した瞬間にイアンの体が膨れ上がる。
筋肉質なその体をそのまま大きくしたように巨大化した。
壁の後ろにいた時にはごく普通の人間の大きさになっていたのに、壁から前に出た瞬間には高さ5mほどもの巨人が出てくれば誰だって驚くだろう。
それはグルーガリア兵も同様だったみたいだ。
もしかしたら、アトモスの戦士をじかに見たのは初めての奴らが多かったのかもしれない。
あちこちから驚愕の声が上がる。
ちなみにどうでもいいが、巨大化したイアンの体は上半身が半裸だったりもする。
鬼鎧という着用者の体の大きさにあわせて変化する装備を今はつけていないイアンは戦場に出る前にダボっとした服に着替えていた。
その服が巨大化した際に腰に巻きついて股間を隠すような位置になっている。
体の大きさが大きく変わるアトモスの戦士は基本的にはこういう格好で戦場に出るものらしい。
しかし、そんな半裸の体は一種の芸術品ともいえる肉体美を持っていた。
大きく盛り上がった筋肉の鎧のような体は、戦うためだけに特化して作られたものだ。
しかも、その体には傷一つない。
戦場でありながらも、見る者に一種の感動すら与えるのではないかと思う。
バルカ傭兵団の中にも巨人化したイアンの体に羨望のまなざしを向けている者もいた。
もっとも、傷が一つもないというのは以前までとは違う点らしい。
かつては、イアンの体はあちこちが傷つき、その跡が残っていた。
切られたり、えぐられたり、焼かれたり。
そんな戦場でついた傷は、それはそれで畏怖の対象でもあり、戦士の証明でもあったらしい。
だけど、数年前にはその傷はすべて治ってしまったという。
アルス兄さんと戦って、そして負けて、体中の傷を治療されてしまったからだ。
イアンにとっては戦場での武勲の証でもある傷の跡がなくなったのは思うところがあるらしいが、以前までよりも動きの切れが良くなっている点だけは感謝していると話していたことがあった。
そんな見る者を引き付ける肉体美を持つイアンが躍り出る。
左手には大きな鉄の盾、右手には巨人が振るうに値する大きさに変化した自在剣を持って、グルーガリアの弓兵に襲い掛かった。
「ウラアアアアァァァァァァ」
咆哮が響き渡る。
巨人の大きさにふさわしい大剣が振り回され、それによって弓兵が大きく吹き飛んだ。
だが、そこで怯む相手でもない。
すぐに対応して反撃してくる。
「身体強化」
弓兵の中に呪文を唱える声が聞こえた。
それも複数だ。
あちこちで【身体強化】の魔法が使われ、そして、その者たちが弓を引く。
グルーガリアが誇る柔魔木の弓だ。
通常ならば魔力を流し込むのが難しいとされる柔魔木の弓に、一切のよどみなく魔力を送り込むことで硬い弓が大きくしなり、そのしなりの力を使って矢が放たれた。
わずかな時間で狙いを定めて放たれる複数の矢がイアンのもとへと殺到する。
それをイアンは避けない。
いや、顔の前に鉄の大盾をかまえているので、さすがに目に当たったら傷がつくのか。
だが、股間を布で覆っただけの半裸の巨人は、飛来する強力な矢が体に当たっても何するものぞと動き続ける。
「巨人の力か。さすがに目を見張るものがあるな」
「だね。さすがイアンだ。弓兵たちの目がほとんどイアンに集まった。こっちはこっちで動くぞ、ノルン」
「わかっている。せっかく手に入れた動ける体だ。遊ばせてもらおう」
自在剣を振るう巨人はまさに嵐といった感じだった。
手が付けられない暴風雨。
人外ともいえるような圧倒的な力がグルーガリアの兵たちに襲い掛かる。
そして、その横で俺たちも動いていた。
「シッ」
5mもの巨人を見上げて弓で狙いを定めようとしている弓兵に襲い掛かる。
俺が手にしているのは鮮血のような赤い剣。
魔剣ノルンだ。
そして、鮮血兵ノルンが手にしている剣もまた赤かった。
こちらも同じく魔剣であるらしい。
どうやら、俺の血があればノルンは鎧と一緒に魔剣も作り出せるみたいだ。
二本の魔剣がイアンを狙っていた弓兵に突き立てられ、そして血を吸い上げる。
速いな。
一本の剣で血を吸い上げるのは少し時間がかかったが、二本同時ならばその分吸い取る時間が短く済むらしい。
魔剣を突き立てられた弓兵から血を吸い取りながらも、次の狙いを見定めて動き続ける。
「流星を探せ、ノルン。どこかからイアンを狙っているはずだ」
「わかっている。だけど、この乱戦のなかを探すのは骨が折れるな」
「お前に骨なんかないだろ、血の鎧なんだから」
イアンが暴れて、弓兵から矢が飛ぶ。
その足元で俺とノルンが血を吸うのと同時に、後方からはアイや傭兵の弓使いからの援護射撃が飛んでくる。
あっという間に乱戦になった。
その乱戦の中でも俺たちは流星を探し続ける。
ほかの弓兵とは比較にならないほどの威力の矢を放つ流星という存在。
イアンはその攻撃に耐えられるのだろうか?
できれば、相手が攻撃する前にこちらが先制攻撃を仕掛けたいが、どこにいるのかがまだわからない。
戦い続けながらも、そんな相手を探し続ける。
「見つけた」
そして、ようやくそのしっぽを掴んだ。
まだ、流星の攻撃はない。
だが、グルーガリアの弓兵たちが中州に上陸した地点。
この防衛線よりもはるか向こうの遠い地点で、魔力が膨れ上がったのを感じ取った。
「まずいぞ、アルフォンス。イアンじゃない。こっちを狙っているぞ」
流星による攻撃が放たれる前に気が付いた。
それは運がよかったのかもしれない。
俺はてっきり流星はこの場で最も脅威たりえるアトモスの戦士を狙うはずだと考えていた。
だが、違った。
遠方で膨れ上がった膨大な魔力。
その魔力が柔魔木の弓とその弓につがえられた矢に込められて狙っていたのは俺たちだった。
そして、その矢が放たれる。
上空に打ち上げられるようにして放たれた高速の矢が、俺とノルンめがけて飛んできたのだった。
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