殿を務める
「撤退だ、エルビス。援護してくれ」
「了解です、アルフォンス様。どうしました? 少し慌てているようですが……」
「急げ。近づいてきている相手の中に危険な奴がいるんだ。うかうかしていると矢で射抜かれるぞ」
「それほどの相手ですか。わかりました。撤退を急がせます」
俺とアイの銃撃によって相手の動きを鈍らせていた。
だが、船を降りてこちらに近づいてくるグルーガリアの兵の数が増えたのを見て、俺たちは撤退することに決めた。
先に人をやって伝えていたので、すでに撤退準備は始まっているようだ。
だが、それもまだ終わったわけではなかった。
人が多くいればどうしたって行動には時間がかかる。
それは俺もある程度は分かっていた。
だけど、オリエント国に来るまでは傭兵団の規模もせいぜい100人だった。
それにその100人はエルビスによって訓練されていたこともあり、命令すればすぐに動く。
が、ここにいるオリエント国の連中の動きはバルカ傭兵団と比べるとかなり遅かったのだ。
2000人ほどがいるというのも関係しているだろうが、動きがきびきびとしていない。
命令してもその命令が瞬時に全員に伝わっているかどうかもわからず、命令が伝えられてもちんたらした動きで行動がいちいち遅い。
これは、ここにいるやつらのなかにこの戦いのために急遽集められた者が含まれているからではないだろうか。
とくに貧民で、食べ物やお金を得るためにこの戦いに参加したような者は戦場での動きにも慣れていない。
早く撤退したいところなのだが、しかし、伐採した柔魔木を置いて逃げるのはもったいない。
「オリバ、いるか?」
「はい。ここにいます、アルフォンス殿」
「伐採した柔魔木の数はどうだ? 足りそうなのかな?」
「十分です。魔弓オリエントに用いるだけであれば柔魔木の枝でも使用可能です。すでに何本も伐採しているので、量的には問題ありません。あとはここから逃げ切れるかという点だけが問題でしょうか」
「そうか。だったら、早めにオリエント兵を撤退させてくれ」
「わかりました。けれど、アルフォンス殿はどうするおつもりですか?」
「最初の目的通りだよ。バルカ傭兵団を率いてオリエント兵が逃げるための時間を稼ぐ。アトモスの戦士であるイアンが相手の目を引き付けておくようにするから、そっちにグルーガリアの弓兵たちが意識を向けている間にさっさと帰還してくれ」
「それはアルフォンス殿も残るのでしょうか?」
「もちろんだよ。イアンだけを置いていくつもりなんてないからね。相手の注意を引きつけたらオリエント兵とは別に逃げるつもりだ」
「し、しかし、それは大丈夫なのですか? 逃げ切れるかもわかりませんし、このあたりの土地勘もないでしょう?」
「まあ、なんとかするよ。グルー川を目安にすればある程度は帰る方向もわかるしね」
「わかりました。それでは殿をお願いします」
エルビスと話したあとはオリバとも話をする。
オリバに対してはとにかく早くオリエント国の兵を退かせるように急かす。
そして、そいつらが逃げられるように俺はイアンとともに殿を務めることを告げた。
「それにしても、相手もとんでもないな。早く逃げないとオリバもグルー川の底に沈むことになるよ」
「もしかして、流星が出てきたのですか?」
「多分ね。さっき、ほかのグルーガリアの弓兵が届かない遠距離からとんでもない矢の攻撃を受けたからね。きっとそうだと思うよ」
「撤退を急がせます。確かにうかうかしていると、船ごと射られてしまいますね」
「おい、アルフォンス。流星とはなんだ?」
「知らないのか、イアン? 流星っていうのは通り名みたいなものらしいよ。弓の名手が多いグルーガリアの弓兵の中でもその流星ってやつは特にすごい腕前を持っているがゆえの呼び名だ。超遠距離の相手に強力な矢の攻撃を与えるっていうんで、そんな名前がついているらしい」
「ほう。そいつはずいぶん強そうだな」
「強いだろうね。まあ、さっきの話を聞いていたならわかると思うけど、お前は俺と一緒にここで相手を引き付けてほしい。いいか、イアン?」
「もちろんだ。言っただろう。俺はお前のために働くと」
「ありがとう。じゃ、さっそく行こうか。今、アイが相手を引き付けているけど、多分そんなにはもたないだろうからな」
グルーガリアの流星。
そんな異名で呼ばれる弓兵がいるらしい。
俺とアイが銃撃戦をしていたとき、最初は完全にこちらが勝っていた。
だが、あとからやってきたその流星は一発の矢でその状況を覆した。
ほかの弓兵では届かない距離から、一本の矢を放つ。
その矢は大きく空を駆け抜け、そして俺たちのもとへとやってきた。
それは俺やアイに直接は命中はしなかった。
だが、その矢が地面に突き立った瞬間、大きな衝撃となって大地が揺れたのだ。
まるで流れ星が降り注いだかのような攻撃。
たった一本の矢が地面に落ちただけで、その場に大きく穴が開いた。
半径数mほどの地面が大きくえぐれてしまったのだ。
魔法、ではなく魔術のようなものなのだろう。
この東方では教会によって名付けが行われて配下に魔法を与えるという仕組みが存在しない。
そのために、呪文を唱えて魔法を発動するような者はあまりいないらしい。
が、だからといって魔力の扱いがフォンターナ連合王国よりも劣っているというわけではないようだ。
魔術師。
自らの魔力を使って通常ではありえない現象を起こす者たち。
そんな魔術師が東方にはいる。
代々受け継がれてきた血筋による高い魔力量は確かにそれだけで強い。
けれど、その魔力量に胡坐をかくだけではなく、自ら研鑽を積んで魔力の扱いを極めて不可思議な現象を起こすまでになった者たち。
そんな魔術師の一人がグルーガリアにはいた。
遠距離から流星のような攻撃を仕掛ける弓兵という存在は、これから撤退しようというオリエントにとっては脅威となりえる。
川の上を移動しているときに、あの矢の攻撃を食らえば一撃で沈んでしまうに違いないからだ。
だからこそ、誰かがここに残って流星の相手をしなければならない。
こうして、俺はイアンとともに殿を務めるためにこの中州に残って流星と対峙することにしたのだった。
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