遠距離攻撃能力
グルー川の中州にいる俺とアイ。
俺たちがいる場所から、川の水の上に船が浮かんでいるのが見えている。
それほど大きな船ではない。
手漕ぎで移動している船だ。
その船にグルーガリアの兵が乗っている。
いくつもある船に数人ずつ弓を持った者がいて、そのどれもが船の漕ぎ手に声をかけてこちらに向かってきていた。
そんな姿を俺は中州からレンズをのぞき込んで観察している。
まだ距離があったが、相手の顔がよく見えている。
それこそ、相手の口の動きすら読み取れるほどだ。
「あ、見てよ。弓兵たちが弓に手をかけた。あそこからこっちに矢が届くのかな?」
「その可能性はあります。ご注意を」
双眼鏡を覗いて、船の上にいるグルーガリアの弓兵を見ながら俺がそう言うと、アイが答える。
柔魔木を使った弓。
その弓を幼いころから使い、極めた弓兵ならば、あの揺れ動く船の上からでもここまで届くのかもしれない。
油断は禁物か。
いつまでものんきに観察している場合じゃないかもしれない。
「じゃ、やりますか。迎撃開始だ、アイ」
「承知しました、アルフォンス様」
船の上で弓に手をかけている相手だが、まだその弓を射ようとはしていない。
もしかしたら、まだここには届かない距離なのかもしれない。
だから、それを見て、こちらが先に動いた。
弓による攻撃が可能となる距離に到着する前に、こちらが動く。
大丈夫だ。
もうすでにこちらの射程範囲内には入っている。
「命中! さすがアイ。いい腕しているな」
「ありがとうございます、アルフォンス様。このまま攻撃を続行します」
オリエント国とグルーガリア国の柔魔木をめぐる戦い。
グルー川の上流と下流に位置するその都市国家間で発生したその戦闘で、まず最初に動いたのはアイだった。
中州にいながらにして、水面に浮かぶ船を攻撃する。
柔魔木の弓という通常よりもはるかに遠くまで攻撃が届く武器を持つ相手よりも、アイが先に行った攻撃は何の問題もなく命中した。
船の上で立っていた弓兵の一人が体をフラッとさせながら、水の中に落ちていく。
それを見て、同乗の船員たちが慌てて水に落ちた弓兵を助けようとして漕ぎ手が止まる。
そこへさらに追撃をかけていった。
アイが行った攻撃は、魔銃・改によるものだった。
かつて、アルス兄さんが作り出し、戦場で猛威を振るった魔銃。
硬化レンガの弾丸をばらまくように発射し、面制圧で敵対する相手を攻撃する武器。
その魔銃を改良し、より遠距離を攻撃できるように変えたのが魔銃・改だ。
正直なところ、グルーガリアの弓兵が使う弓や、バナージたちが作り上げた魔弓オリエントは、この魔銃には勝てないと思う。
弓などよりもはるかに遠いところまで攻撃できる飛距離。
遠くに命中させるために装備されている単眼鏡。
遠距離であっても命中すれば騎士相手でも損害を与えうる攻撃力。
そして、魔力を用いて弾を発射することができるため、矢が尽きるなんていう欠点もない。
魔力さえあれば、いくらでも撃ちたいだけ撃つことができる。
それが魔銃・改の性能だ。
そんな高性能な遠距離武器は、もちろん使いこなしてこそ意味がある。
いくら遠くまで届き、攻撃力があるとはいえ、当たらなければどうにもならない。
だが、この場でこの魔銃を使っているのは、ほかならないアイだった。
多数の肉体を持ち、それぞれが経験し、学習したことをおおもとの本体が記憶することができるアイ。
そして、その統合された情報はすぐにまた各個体へと送られる。
そのため、どの個体のアイであっても、この魔銃の扱いには慣れていた。
たとえ相手が揺れ動く船の上にいようとも、何の問題もない。
アイが淡々と魔銃の引き金を引き続ける。
そうすると、こちらに近づいてきていたいくつもの船からバッタバッタと人が倒れていく。
「グルーガリアの連中は戸惑っているな。まさか、この距離から攻撃されているとは思っていないんじゃないか? 自分たちの弓が届くこともない場所から攻撃されているとは考えてないっぽいな」
「各船で連絡を取り合う手段もないのでしょう。船に乗船している騎士と思しき者を中心に狙いを定めます。漕ぎ手だけになった船は行き場を失って行動が乱れることでしょう」
「そうだね。そうすれば、こちらが逃げるときに追ってきにくくなるか。うーん、俺も魔銃の練習しておこうかな?」
思い込み、あるいは自分たちの知る常識。
人はそんなものに知らず知らずのうちにとらわれているのかもしれない。
オリエント国の者たちが中州に生えている柔魔木は簡単には切れないから、伐採済みのものを狙うしかないと思っていたように、グルーガリアの兵にも思い込みがあった。
遠距離の戦いは自分たちの独壇場だ、と。
弓の扱いに優れた弓兵たちは、自分たちが攻撃を届かせることができない場所は安全である、と思っていたのかもしれない。
そして、いまもそう思っているのだろう。
船の上では弓を持ったグルーガリア兵が傷つき、血を流している。
だが、それがどのように攻撃されたものなのかをいまだに理解していなかった。
魔銃が矢を使って攻撃しない、というのも関係しているのかもしれない。
小さな弾が熟練の弓兵たちを貫いていく。
しかし、それを受けているはずの相手はこちらがどんな攻撃をしているのかが理解できず、そのために対処もままならなかったようだ。
アイが魔銃を撃ち続ける横で、俺も魔法鞄から魔銃を取り出してかまえた。
銃身の上に取り付けている単眼鏡を覗きこんで、狙いを定める。
そして、呼吸を落ち着けてから引き金を引いた。
なんの抵抗も、音も、臭いもなく魔銃から硬化レンガの弾が発射される。
……外れた。
いや、ギリギリ当たってはいたが狙いとずれて、わずかにそれてしまったようだ。
単眼鏡で俺の撃ち出した魔弾が狙いどおりにいかなかったことを確認し、照準を修正する。
こうして、グルーガリアとの戦いは静かに始まったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。
また、活動報告にて19日発売の第四巻の挿絵をチラ見せでご紹介しています。
そちらもご覧になっていただければと思います。





