月の石
「その月の石という未知なる鉱物には特殊な効果があるといっていたでござるな、アイ殿。もし差し支えなければ、どのような効果があるのか聞きたいのでござるが……」
「かまいません。月の石は聖光教会の大教会に祭られている女神の鎧の材料となったものです。かつて、月の石が隕石として地上に墜落してきたものが使用されたその鎧には、忠誠と信奉を力に変える性能が備わっています」
「女神の鎧? 忠誠と信奉を力というのは、いったいどういうことでござるか?」
「女神の鎧の使用者に向けて忠誠を示す、あるいは信仰を注ぐ者たちの力がその鎧の着用者に与えられます。すなわち、神アイシャが女神の鎧を着用すると、多くの者の信じる心が神の力となることになります」
「う、うむむ。霊峰の向こうにはそのような実在する神が存在し、その神が身に着ける鎧がある、ということでござるか。なんとも、おとぎ話のような信じられない内容でござるな」
月の石に対して興味を示したバナージやそのほかのオリエント国の人たちにアイが説明を行う。
聖遺物ともいわれる女神の鎧。
ほかには存在しない特殊な効果を持つ鎧はいったいどうやって作られたのか。
アルス兄さんもそれを疑問に思ったそうだ。
そして、それを聞いた。
神様本人にだ。
アルス兄さんは神様に割と気軽に会いにいって聞きたいことを聞いているらしいけど、改めて聞くととんでもないな。
バナージたちも神とやり取りしているという話を聞いて、そんなばかなと口にして驚いている。
まあ、なんにしても神様に聞いた結果、わかったことがあった。
それは、女神の鎧は隕鉄とよばれた鉱石で作られたのだそうだ。
地上に降り注いだ鉱石を大昔に発見し、そして鎧へと仕立てた。
そうしたら、特殊な効果が発現したのだという。
「それにしても奇遇でござるな。月というものはこの小国家群でも信仰の対象に見立てる風習を持つところは多いのでござるよ。大地を荒らす豊穣の神である九頭竜や、それを鎮める月の神といった感じでござる」
「先日、無人宇宙船にて持ち帰ることに成功した月の石を天空王国で現在研究中です。それにより、天文学にも新たな学説が生まれました。忠誠と信奉を力に変える性質を持つ月の石。その月の石が大量に含まれる月は多大な魔力で満ちているというものです。もしかすると、地上での月への信仰が月の魔力にかかわっている可能性が十分に考えられますね」
「……確かに。月はごくまれに不思議な現象を起こすことがあるでござる。そのような日には昔から大気に魔力が満ち、なにかが起こるといわれているのでござるよ。いや、いい話が聞けたでござる。月の石か、ぜひ拙者もそのようなものを扱ってなにか今までにないものを作ってみたいでござるな。今ほどグラン殿がうらやましいと思ったことはないでござる」
やっぱり、バナージなどはそういう変わったものづくりができることがうらやましいと思うんだな。
俺の場合はちょっと違う。
地上での月信仰で魔力に満ち溢れた月そのものに興味があった。
それはいってみれば大きな迷宮みたいなものではないだろうか。
迷宮核とは比較にならないほど巨大な月の石によって魔力に満ちた場所。
そこで訓練したら、どれほど強くなれるのだろうかと思ってしまう。
「けど、アルス兄さんはもっと違う考えをしているんだよね、アイ?」
「そうですね。アルス・バルカ様は月の石を使っての武具の制作や月での修行よりも、さらなる宇宙船の開発に興味を示されておられるようです」
「さらなる宇宙船でござるか? すでに月に行ける船というのを作り上げたのでござったのではなかったか?」
「そのとおりです。ですが、アルス・バルカ様はそれで満足していないようです。月よりもさらに遠い惑星へと行けるような、そんな宇宙船を作りたいとおっしゃっておられます」
「月よりも遠い、惑星? それはもしかして、夜空に光るほかの星にもさらに変わった鉱石などがあるかもしれないという思いからなのでござるかな?」
「アルス・バルカ様の真意はわかりかねます。ただ、一度だけ『どっかに地球ってあるのかな?』とおっしゃっておられました。どうやら、探したい惑星があるようです」
地球?
聞いたことないけど、それは星の名前なんだろうか?
天空王国には天文学の権威の人がいて、その人の書いた本というのもちらっと見たことがある。
たくさんの星の名前や星座が書いてあった。
けど、地球なんて名前の星は聞いたことがないな。
多分、アイも知らないんじゃないだろうか。
けど、アルス兄さんはそれを知っているらしい。
あるかどうかもわからないのに知っているというのも変だけどね。
ただ、それを探すために月の石で宇宙船を作ろうというのが、アルス兄さんの真の狙いなんだそうだ。
ノルンには俺と同じ血をしているといわれるアルス兄さんだけど、どう考えても同じ人間ではないなと思ってしまう。
正直、何を考えているのか全く分かんないし。
「まあ、月の話も面白いでござるが、ひとまずこれくらいにしておくのがよかろう。それより、本題に入りたい。空に浮かぶ星のことよりも、まずは我々の住むこの国のことでござる」
あたりがガヤガヤしたところで、バナージがパンッと手を打って周囲を静かにさせた。
それを聞き、さっきまでの話の内容はひとまず置いて、これからのことを話し始める。
バルカ傭兵団にしてもこれから大切な時期に入る。
今後の傭兵団がうまくいくかどうかの岐路でもあるため、俺も気持ちを切り替えてバナージに向かい合うことにしたのだった。
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