身分制度
「うーむ。ボロボロだね」
「どうやら、【壁建築】で壊れた場所を補強しているようですね。あそこには崩れたままの壁が見えています」
春先にバリアントを出発した俺たちはようやくオリエント国までたどり着いていた。
思ったよりも時間がかかってしまった。
もうそろそろ春が終わり、暑い時期になるかという感じだ。
川の多い九頭竜平野という土地柄なのか、なんとなくジメジメする空気になっていて暑苦しい。
そんなことを思いつつ、たどり着いたオリエント国を見ながらエルビスと話していた。
都市国家でもあるオリエント国は小高い丘の上に壁で囲った街を都市として、周囲の農地と、鉱山を持っているようだった。
その丘の上の都市だが、これは外からみても荒れていた。
おそらく攻撃を受けて本来あった壁が崩れてしまったのだろう。
それを【壁建築】で作り出した壁で無理やり直しているといったありさまだった。
多分、戦いながら現場の人間が魔法を使って壁を作ったんだろう。
都市として考えられて作られた建築物とは明らかに違うちぐはぐさがあった。
ものづくりの達人でもあるグランの生まれた場所なら、こういうのはきれいに作りたいと思う人が多いんじゃないかと思う。
が、きれいに直すだけの余裕もないのかもしれない。
「それじゃあ、私たちが先に入ってくるわね。それで、バナージさんって人にこの手紙を渡せばいいのよね、アルフォンス君?」
「うん、お願いね、クリスティナさん。それは天空王であるアルス兄さんからの手紙だから、それさえ見せれば傭兵を受け入れてくれると思う」
「わかったわ。任せておいて」
オリエント国の外観を見ながら話していると、そこにクリスティナがやってきて声をかけてきた。
どうやら準備が終わったみたいだ。
クリスティナやほかの商人たちが先にオリエント国に入る手はずになっている。
ここに来るまでに何度か話し合って決めたのだが、最初はまず商人に入ってもらい、傭兵たちは外で待つことに決めていた。
バナージにアルス兄さんからの手紙を渡してもらい、中から受け入れの人を出してもらおうというわけだ。
ここまでバルカ隊商として商人を連れてきたのは、これを頼む意味もあった。
信用のない傭兵のことを暴れることもなく最低限信用できる存在だと証言してもらえたらいいかと思う。
都市の中に入っていくクリスティナを見ながら、外で待ち続けることにした。
「商人たちは自由市民になるんだっけ? 通行手形がその証明だとかなんとか、クリスティナさんが言っていたよね、スーラ?」
「そのとおりです。都市国家はそこに住む者たちの身分が分けられているのです。アルフォンス様が手紙を出したバナージという人は一級市民で、ほかに二級市民がいますのじゃ。それにたいして、商人など都市に出入りできる者に対しては自由市民という身分が与えれれています」
「ややこしいよね。なにがどう違うの?」
「わかりやすく言えば、身分制度によって優遇される者と差別される者が規定されているということでしょうな。一級市民は財産の相続や議会への立候補など、暮らしていくうえで優位に立てるのです。ですが、二級市民はそれらの恩恵が制限されておるのです。自由市民は、都市に入ったり商売はできても、定住できないなどの細かな規定があるのですよ」
「じゃあ、俺たちバルカ傭兵団はどうなるんだろう?」
「普通の傭兵ならばまあ自由市民に認められればかなりいいほうでしょうな。見てみなされ、アルフォンス様。壁の外にも人がいるでしょう? あれらは自由市民にすらなれない者たちです」
待っている間、この都市国家の基本的な身分制度などについて、スーラと話す。
このオリエント国もそうだが、都市国家というのは王がいなく議会が統治をしているところが多い。
けれど、それは決して身分差がないというわけではないらしい。
同じ市民という扱いの中にも差があるのだそうだ。
そして、その市民にすらなれない者もいる。
スーラが指し示すその先を見ると、確かに人がいた。
オリエントという都市の壁の外側に、がりがりに痩せたような連中が壁にもたれかかるように座り込んでいる。
そのさらに奥のほうへと目を向ければ、瓦礫やぼろ布なんかを使って雨風をしのいで生活しているような連中もいるみたいだ。
どいつもこいつも弱そうだ。
けれど、お腹がすいているのか、こちらを見る目はギラギラとしていて油断ならない感じがしている。
もしかしたら、食べ物を求めて突撃してくるかもしれない。
「あいつらはなんなの? 自由市民にすらなれないっていうなら、どういう扱いになるのかな?」
「どういう扱いも受けません。彼らはその辺に生える雑草と同じような扱いです。都市の人間とは一切認められておらず、それ故に財産の保証どころか、命の保証すらないのです。市民が市民権を持たない者を殺めても罪に問われたりしないのですよ」
「それは、大変だね。じゃあ、なんとかして市民にならないと、普通の生活ができないんじゃないの?」
「そうです。そして、そのために彼らはおそらく傭兵として都市に雇われるのです。自ら志願して傭兵となり、傭兵として名を挙げて市民権を獲得する。そうすれば、安全な都市の中で生活できるようになれるかもしれない、という希望を抱いているのでしょう」
「なるほど。で、霊峰の麓からやってきたバルカ傭兵団もその雑草みたいな扱いの傭兵もどきに見られるかもしれないってことか」
「どうでしょうな。それはわしにはわかりません。アルス様が事前に話をつけていたのであれば、市民権のことも話しているかと思いますが……。アルス様のお国では存在しない仕組みだったとしたら、そういう話をしていない可能性もありますね」
どうなんだろうか。
まあ、あんまり厚遇されないようだったらそれでもいいかという気はしている。
傭兵団としてではなく、本当にバルカ隊商としてしばらく活動してもいいんだ。
名義上、クリスティナの通行手形が使えるからあちこち行けるだろうし、活動そのものはできると思う。
そういうふうにあれこれ考えていると、日が暮れてしまった。
もう夜になる。
そんな遅い時間になってようやく、こちらを呼びに来る者が現れたのだった。
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