少年の願い
「クリスティナさん、今、何でもするって言ったよね?」
「え、ええ。そうね、言ったわ。けど、ここで死んでくれ、とかそういうのを求められるのはちょっと勘弁してほしいかしら」
「そんなこと言うわけないでしょ。それより、ちょっと聞いてほしいお願いがあるんだ。それを聞いてくれるなら、ここにある物について考えてあげないこともないかな?」
「本当? いいわ。聞かせて、アルフォンス君」
盗賊団をあっという間に壊滅させたバルカ傭兵団。
その傭兵団をまとめているのが、今、私の目の間にいるアルフォンス君という少年だ。
小さい。
本当にまだかわいらしい子どもだ。
なのに、この子はとんでもなく強い。
盗賊にいた特殊な武器を持つ相手に対しても、一切ひるむことなく戦い、そして圧倒してしまった。
動きが速すぎて何をしているのかよくわからなかったくらいだけれど、それでもその強さは力があるとかいうだけのものではないことはわかった。
あれはしっかりとした教育を受けて身に着けた技術によるものが大きいと思う。
明らかに相手とは格が違っていた。
そんなアルフォンス君と出会ってから、移動中に話をすることもできていたが、それでもわからないことだらけだ。
この子はいったいなんなのだろうか。
霊峰と呼ばれる絶対に越えることのできない山々。
その霊峰を超えた先にある国からやってきたといい、そして実のお兄さんがそこでは王なのだそうだ。
昔からの言い伝えでは、霊峰は神の住む山でもあり、そして死の山でもある。
さらに、その向こうには今も恐ろしい魔物たちが住んでいるらしい。
そんな魔の土地の王の弟に対して、私は「何でもする」と言ってしまった。
大丈夫かしら?
とんでもないことを言ってしまったと思いつつも、もう止められない。
それに、私の商人としての勘がいっている。
この子とは今後もつながりを持つべきだ、と。
「じゃあ、今後はうちの専属になってよ、クリスティナさん」
「……え? 専属?」
「そう。バルカ傭兵団ってさ、俺とエルビス、イアンがいるでしょ? まだ小規模だけど戦力的には多分それなりにやっていけると思うんだ。けどね、ちょっと傭兵団としての運営には不安があるんだよ。だから、商人のクリスティナさんに協力してほしいなと思って」
「協力っていうけど、どうすればいいのかしら、アルフォンス君?」
「俺たちと一緒にきてよ。で、食べ物や装備品とか、あとは服とか。そんな消耗品とかをできるだけ安く仕入れてくれたりすると助かるんだけど。ほら、うちにいる傭兵たちって文字とか全然読み書きできないしさ。だれか、そういうのができる担当が欲しかったんだよ。スーラとアイよりも商人のクリスティナさんがそれをやってくれたほうが適任だろうし。駄目かな?」
「やる。やるわ、アルフォンス君。私にやらせて」
断るはずなんかない。
アルフォンス君のお願いを聞いて、私は即座に了承した。
無頼の傭兵団とはいえ、特別な血を引く少年の専属商人。
そんな役割に霊峰のふもとまで出かける一介の商人でしかない私がつける機会は今後二度とないはずだ。
この機を逃すはずがない。
「あー、よかった。アルス兄さんにも助言されてたんだよね。商人とは仲良くしとけよって。トリオンおじさんみたいにお金の管理を任せられそうな人が見つかってよかったよ」
「トリオンさんっていうのは商人なの?」
「もともと行商人していたらしいよ。アルス兄さんと知り合って、今は天空王国で財政担当になってるんだ」
「すごいわね。行商人が国の仕事にかかわれるだけでもとんでもない話なのに、王にそこまで信頼されているなんてものすごい人だわ。わかったわ、アルフォンス君。私もその人に負けないくらい、アルフォンス君に信頼してもらえるような相棒になってみせるわ」
「本当? うれしいな。その言葉、期待しているからね、クリスティナさん。じゃ、さっさとここの荷物を回収しちゃおうか。全員、この盗賊拠点にある物をここに集めろ」
行商人を国の中枢に招き入れる。
そんな王が本当にいるのだろうか、と思ってしまう。
けれど、アルフォンス君の横に目を向ければそこにはエルビスさんがいた。
この人ももともとは農民だったと聞いたことがある。
話してくれたのはスーラさんで、本人から聞いたといっていたから間違いないはずだ。
農民出身でも、軍に入り、王の信頼を勝ち得たことで空飛ぶ城を任されるまでに至った。
その話と行商人の話を合わせて考えると、アルスという王様は家柄よりも人を見ているのではないかと思う。
当人に実力があることももちろん重要だろう。
けれど、おそらくはもっと大切な、「裏切らない」という点が気に入られているのではないかと思った。
絶対的な忠誠を誓い、王を裏切らないからこそ重役を任されている。
そして、多分それはアルフォンス君も同じではないかと思う。
この子はまだ私を信頼なんてしていないだろう。
なにかあればいつでも切り捨てられる都合のいい相手。
けれど、確かに独自の取引相手もいる私という商人を仲間に引き入れておけば、得になる可能性があると思ってこの話を切り出したに違いない。
こうなったら一世一代の大博打だ。
この傭兵団が今後どうなるかは私にはさっぱりわからない。
ただ、大きくなっていく可能性は十分にある。
この小さな団長さんのように、これからどこまでも大きくなっていきそうな可能性を感じる。
何が何でも彼の信頼を勝ち取って、私もこの傭兵団を大きくするために働く。
きっと、そうすれば今までの人生からは考えられもしなかった未来が待っているはずだ。
盗賊に襲われて命からがら逃げた時以上に私の胸はドキドキと音を立てて鳴っていた。
「私、頑張るから。絶対、アルフォンス君の信頼にこたえてみせるから期待していてね」
これからのことを考えながら、アルフォンス君にそう告げたのだった。
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