自在剣
「頑張って、アルフォンス君!」
洞窟の奥から出てきた男。
そいつが剣を向けて突きを放ってきたのを、間一髪で避ける。
自在剣というらしい変わった剣だ。
どうやら、剣身が伸びるみたいだ。
本当にギリギリでその剣先から逃れることができた。
その光景をクリスティナが見て、短く悲鳴を上げている。
そして、俺がそれを回避したのを確認して、大きな息を吐いた後、声援を送ってくれた。
なんかいいね、こういうの。
魔導迷宮で魔装兵と戦っていたときには、応援してくれる人なんていなかった。
アイは基本的に必要なこと以外はしゃべれないしね。
きれいなお姉さんにいいところを見せようと、ちょっと張り切ってしまう。
「よく避けたな。なかなか初見でこの自在剣を避けられる者はいないのだがね。しかし、どうやらそちらには危険な相手がいるようだ。悪いがさっさと終わらせてもらうぞ、少年」
「よくしゃべるね、おじさん」
こいつは本当に盗賊なんだろうか?
さっきのはげ男や、そのほかの下っ端盗賊たちとは少し印象が違う気がする。
もしかしたら、どこかの騎士家の人間だったりするんだろうか?
だけど、ブリリア魔導国の貴族院で出会った人たちとも違うように思う。
なんというか、荒事に慣れている感じだったからだ。
貴族院にいたのは、みんな魔力が高いけれど別に軍人ではなかった。
言い方があっているかわからないけれど、上品さを漂わせていた。
それが、この男にはない。
うわべだけの外面で汚れた内面を覆っているような、そんな雰囲気を感じてしまう。
きっと、はぐれ者なんだろう。
東方の貴族や騎士は代々魔力が高い者同士が結婚して、魔力の高い子どもを残す。
けれど、魔力が高ければ絶対にその子どもの魔力が高いわけではないらしい。
どういう理由かはわからないけれど、ときおり魔力量が低い子どもが生まれてくるらしい。
そういう子はどうなるのか、気になったことがあった。
だから、エリザベスたちに聞いたことがある。
そしたら、答えは非常に単純だった。
たとえそれが長男だったとしても、魔力量がその家格に見合わないとされると家を継げなくなるんだそうだ。
そうしたら、どうなるか。
よくて、家来扱いとして家に残されるか、あるいはその家よりも格下の家の異性との婚姻関係に使われるか、あるいは放逐されるか。
最悪の場合は、人知れず消されてしまう、なんてこともあるんだとはセシリーが言っていた。
結構、怖い話を聞いて、東方は大変だなと思ってしまったことを思い出した。
こいつもたぶんそんな感じなのだろう。
それなりの家に生まれながらも、盗賊なんてやっているんだ。
ただ、持っている武器は一級品だった。
自在剣。
攻撃の瞬間、剣が伸びた。
俺に向かって突き出されたその剣の先が、一瞬でグッと伸びたのだ。
たしかにあれは避けにくい。
初めてあの攻撃を見たのなら、普通は避けきれないだろう。
だけど、こっちは迷宮でも鍛えていたんだ。
この男は強さ的には騎士級くらいなんだろう。
自在剣は確かにすごいが、その剣技は魔装兵のほうが勝る。
が、それでも油断できなかった。
剣が伸びるというのは、それだけでものすごく戦いにくい。
特に、いつもの相手の動きを観察して、ギリギリでの回避をして攻撃につなげる戦い方がやりにくい。
余裕をもって自在剣の攻撃を避けるため、反撃できずに、回避に専念することになってしまった。
「ちょこまかとよく避ける。……しかたがない。ならば、全力でいかせてもらおう」
「さっさと終わらせるんじゃなかったのかな?」
「っち、生意気な。死ね」
攻撃を避け続けるこちらに、苛立ったのだろう。
騎士崩れの男の魔力が高まった。
どうやら、本当に全力で攻撃してくるようだ。
両目に魔力を集めて相手を見ると、その全身から青い魔力があふれ出る。
その魔力の膨張が最大限に達して、止まった瞬間、相手は地面を強く蹴り、こちらへと近づいてきた。
「ッシ」
そして、横なぎの攻撃を振るう。
だが、それは先ほどまでの剣とは違っていた。
それまでは、ごく普通の直剣だった。
一般的な幅の剣。
そんな剣の長さを伸ばしての攻撃が特徴だった。
だけど、それはこちらをだますための使い方だったのかもしれない。
自在剣は長さを伸ばす剣。
そう思わせて、こちらの意識を距離だけに注意させるための使い方だったのだ。
実際には自在剣はもっと面白いものだった。
長さだけではなく、その幅も含めて変えることができたのだから。
目の前に急接近されて横なぎに振るわれた自在剣はとんでもなく大きくなっていた。
長さも幅も、そして厚みも大きくなったのだ。
目の前に突如として現れた巨大な剣による攻撃。
それまでの長さのみを変えての攻撃を繰り出した後だからこその、回避不能の攻撃だ。
「危ないなー、もう」
だけど、こいつは誰と戦っているのかわかっているんだろうか?
もしかしたら、この攻撃は今まで避けられたことがなかったのかもしれない。
だが、それはそれまでの相手が大の大人だったからではないだろうか。
相手を吹き飛ばし、押しつぶすような巨大な剣による攻撃は、しかし、その下に隙間があった。
横なぎに振るわれる巨大化した剣と地面との隙間。
普通ならば、大人ならばしゃがみこんでも避けられない程度の幅だ。
けれど、その隙間は6歳の俺の体ならば入り込める。
地面に這いつくばるようにして、自在剣による攻撃を回避する。
そして、その横なぎの剣が振り切られた瞬間に、俺の体は地面から飛び跳ねるようにして動いていた。
きっと、大きすぎる剣によって、こっちを見失っていたんだろう。
あるいは、吹き飛ばしたと思ったか、もしくは上に飛び跳ねて逃げることを想定していたのか。
どちらにせよ、相手の男はこちらを完全に見失い、大きな隙をさらしていた。
「吸いつくせ、ノルン」
その決定的な隙を見逃すはずもない。
大きくなった自在剣を振ったことによっていまだに体勢を戻し切れていない男の胴体に、魔剣ノルンが深々と突き刺さった。
そして、その血を吸い上げる。
自分の身に起こったことが信じられないのかもしれない。
驚愕の目をこちらに送り続けている間も、魔剣ノルンは男の血を吸い続けたのだった。
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